隣にある幸福

 

 

 

「怪我をしたそうだな。もういいのか?」
「あ、はい……もう大丈夫です」
「あの……平助君と斎藤さんを見ませんでしたか?」
「すみません、変なこと聞いて」
「……境内だ。そっちに行くのを、さっき見かけた」
「ありがとうございます」


+++
伊東派の分離。

彼女はそのことに心を痛めている。
俺の役割は「諸子調役兼監察方」
諸子調役―――つまりは隊士達の監視、それが俺の役割だ。
だから俺は知っている。
藤堂さんがどれだけ悩んだ末に伊東に付いて行くと決めたかを。
斎藤さんに至っては、間者として伊東に付いて行くだけ……

このことを話せば、少しは彼女の心を晴らせるのではないか。
いつものように、笑顔を見せてくれるのではないか。

だが、彼女に真実を話すことは許されない。
どれだけ悩んだとしても伊東派についた藤堂さんは新選組の敵にも成り得る立場、
斎藤さんが間者であることは極秘中の極秘。組長達ですら知らない絶対機密だ。

彼女が彼らを思うたびに、真実を知る俺は心を掻き毟られる。
彼女の暗い表情を見掛けるたびに、口に出しそうな言葉を必死に押し留める。

何をやっているのだろうな、俺は。
これまで幾度もなく汚い仕事を平然としてきたというのに。
彼女の笑顔が消えるだけで、こんなにも良心の呵責が起きるとは。
彼女は新選組にいるべきではない。このような血に汚れた場所にいるべき存在ではない。そう強く思う。だが、彼女の置かれた立場がそれを許さない。
いつか彼女の笑顔が血ぬられたものになるのではないか。そう思うと、恐ろしいとすら思えてくる。
本当に俺は何を考えている。己の任務を忘れたのか?

この頃の俺はそんなことを考えていた――


+++

山崎「思えば、この頃からだったのかな……」
千鶴「何がですか?」
山崎「千鶴!?い、いたのか」
千鶴「はい、驚かせてしまいました?」
山崎「いや、まぁ、少しな」
千鶴「でも珍しいですね、烝さんが私の気配に気づかないなんて。……こーゆー時はいつも何か考え事している時ですよね。何を考えていらしたのですか?」
山崎「……大したことじゃないさ」
千鶴「そんなあからさまに誤魔化そうとするなんて。隠し事はなしですよ!」

千鶴はむぅっと頬を膨らます。……頼むからそんな可愛い顔をしないでくれ。

山崎「君には敵わないな。……まだ京にいた頃のことを思い出していたんだ」
千鶴「私も、この桜の木を見ていると、京にいた頃を思い出します」
山崎「俺は大坂で育ったから京の桜は幼い頃から毎年のように見ていた。しかし、新選組に入隊して、君と出会って、見方が少し変わった。君の笑顔の横で舞い散る花弁が今まで見てきたどの桜より美しいと思ったんだ」
千鶴「……京の桜はどの年もとても綺麗だったけれど、やはり一番深く心に刻み込まれているのは京での最後の年です。……あの時は平助君と斎藤さんが離隊してしまって……今まで家族のように過ごしてきた人とお別れなんて、そんなの寂しと、毎晩泣いていたんです」
山崎「あの頃の俺は、君の涙を拭えるような存在ではなかったからな」
千鶴「いいえ、そんなことないです。沈んだ私を励ましてくれたのが、あなたでした……」
山崎「そうか……」

千鶴は頬を染めそう言った。そんな千鶴を見ていると俺も恥ずかしくなって、必死に話題をすり替えた。

山崎「それにしても、体調はもういいのか?君も医師なのだから嫌がらず薬を」
千鶴「薬はいらないんです」
山崎「いらない?」
千鶴「もう、烝さんもお医者様なのですから少しぐらい察して下さい!本当、こーゆー所は鈍感なんですから」
山崎「………ということは、まさか!?」
千鶴「たぶん、そうだと思うんです」
山崎「………」
千鶴「あの……もしかして子供は苦手ですか……?そういえば、京でもよく子供と遊んでいらっしゃった沖田さんと対立なさっていましたよね……すみません!」
山崎「何を謝っているんだ!!苦手なはずがあるか。これほど嬉しいことはない!」

俺は耐えられず千鶴を抱き寄せる。

山崎「ありがとう……ありがとう千鶴……」
千鶴「烝さん……」
山崎「子供が生まれればきっと賑やかで楽しい家になる。これで君に寂しい思いをさせなくなるな」
千鶴「私は今の生活も大好きですけど、やっぱりもっともっと賑やかになってほしいです。京にいた時のようにみんなでワイワイ……とても楽しいでしょうね」
山崎「……千鶴、それは意味を理解して言っているのだろうな?」
千鶴「へ?」
山崎「なんでもない。やはり君は理解しなくていい」
千鶴「なんですかー!気になります!」
山崎「だから」

俺は屈み、己の視線を千鶴の瞳に向ける。そして唇を重ねた。

山崎「まだ分からないか?」
千鶴「いえ……とても恥ずかしいですぅ」

まったく、千鶴の天然さには困ったものだ。

山崎「それと、子供と遊ぶ沖田さんを注意したのは、新選組幹部と繋がりがある事を知られれば彼らの身が危険になるからだ」
千鶴「烝さんはあの子達のことを思って叱ってらっしゃったんですね。先程は酷いことを言ってしまって、すみませんでした」
山崎「自己嫌悪になる必要はない。身重の間は気が弱る事もある。だから不安に思うことがあれば迷わず俺に相談すればいい」
千鶴「はい!そうさせて頂きます!」




あの頃は考えられなかった。君の笑顔がすぐ隣にある幸せ―――

 

 久々の更新はリハビリを兼ねて山千で。
最初の京時代の話を書いていたら、いつの間にかED後の話になってたっていう……(苦笑)
監察方の山崎さんは斎藤さんが間者のことを知っているはずですし、(アニメでもそんなシーンが追加されてましたよね。猛烈に燃えましたw)
平助君が伊東さんについて行くことを悩んでいたことも知ってたんじゃないかっと思い書いてみたエピソードです。
ED後は本当気づいたら書いてましたっていう感じでして・・・まさか子作りネタを書くとは・・・(驚愕)
非常に恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。
 

 

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