第四章「戦いと選択」 其の壱

 

 

 

 

山崎「羅刹にだけはなりたくないものだな……」
千鶴「山崎さん……」

山崎さんは独り言のように小さくつぶやいた。
今でも忘れられない。初めて京を訪れた日、血に飢え目を光らせる羅刹隊。
あの時は沖田さんや斎藤さんが粛清していたけれど、最近、羅刹隊の人数も少し減っているような気がしている。もしかしたら、山崎さんも始末を命令されているのかもしれない。
羅刹の狂気を見てきた方の言葉だからか、私の胸にはとても響いた。

 

 

1月3日。
突如、砲撃音が鳴り、京の地を揺らしだしていた。
新選組は応戦すべく、夜の京を走って行った。
現在の新選組の屯所である奉行所に私はいる。そして奉行所守備の方々と皆の無事の生還を祈っていた。

敵兵「おいおい、敵の本陣がガラ空きじゃないか。行くぞ!」


井上「騒がしいね。どうやら呼んでもいない客人がやってきたようだね」
山崎「ここはなんとしても落とされるわけにはいきません」
山南「夜襲を掛けてくるとは。考えることは同じですね。だが、我々羅刹隊がいる。そう易々と落とされるわけがない」
井上「雪村君はそこの隠し扉の裏に隠れていなさい」

ついに奉行所内で戦いが始まった。
山南さんが率いる羅刹隊は奉行所廻りの守護を固める。
しかし、敵本陣への夜襲の為に羅刹隊の半分以上が奉行所から出払っていた。
その夜襲組の中には組長だった平助君もいる。この奉行所が手薄になっているのは一目瞭然だった。

井上「山崎君、彼女の護衛を頼む」
山崎「承知しました」
井上「それと、彼女に危険が迫ったら一緒に逃げなさい」
千鶴「私の事は大丈夫です。皆さんのお邪魔になるのであれば一人でも逃げられます。これ以上戦力を減らすべきではないと思います!」
井上「雪村君。逃げる事も大事なのだよ。もしここを守れたとしても、他の戦地がどうなるか分からない。なら大坂に兵力を集中させ、相手を向かい討つ方が勝算は高いかもしれないのだよ。山崎君は優秀だ。こんな所で死なせてしまうわけにはいかない。もちろん君もだ。これは私の勝手な感情にすぎないが、私は君を娘のように思っている。娘の泣く姿を見たい親がどこにいると思うかい?」
千鶴「井上さん……」
山崎「井上さん。まずは戦うのみです」
井上「そうだね、そろそろ敵がここまで来る頃合いだろう。足音も大きくなってきた」


井上さんの言う通り、バタバタと奉行所が慌ただしくなってきた。
井上「もし撤退となった時は、できれば龍雲寺で戦っている三番組にもこの状況を伝えておくれ。このままでは三番組が孤立してしまう。もちろん雪村君を連れてね」
山崎「了解しました」

その直後、中庭に数十名の敵兵が現れた。
激しい戦闘が始まった。私は言われた通り、隠し部屋に身を潜める。
外は良く見えないが、カキンカキンと刀の交わる音がとめどなく聞こえてくる。

どれくらい時が経っただろうか。今まで鳴り続けていた刀の音は消えた。
千鶴(戦いが……終わったの?)
私はそっと扉を開け、外の様子を窺った。その瞬間、今まで聞いた事のない爆音が響いた。

井上「ぐあっ!」
山崎「井上組長!?」
千鶴「あ……あ……い、のうえ、さん?」

瞬きをしている間に倒れた井上さんの周りには赤い血の海が出来上がっていた。そして井上さんはそのまま全く動くことはなかった。

ただ悲しむ余裕はなかった。音につられ、隠し扉から出てしまった私は敵兵に見つかってしまった。
敵兵1「おい!ここにも新選組のヤツがいるぜ!」
敵兵2「なんだ、この女みてーなガキは」
千鶴「………」
敵兵3「怯えちゃって、本当に女みてーな奴だな。面白そうだから連れて帰るか?」
敵兵の一人が私の肩を掴んだ。

千鶴「いや!やめて!」
山崎「雪村君に触れるな!」

山崎さんのクナイが敵兵の足元に刺さる。
敵兵「ぐあ!」
そして敵兵は次々と山崎さんのクナイの餌食になる。
敵兵4「おら、よそ見してんじゃねぇーよ!」
山崎「っく!」
山崎さんは背後から迫ってきた攻撃を間一髪避ける。しかし敵の数は増える一方だった。


さすがに劣勢を感じたのか、山崎さんは私の腕を強く握りしめ、耳元で小さく囁いた。
山崎「雪村君」
千鶴「は、はい!」

いつ攻撃されるかわからない緊張感と、山崎さんの声が耳元で小さく言葉が紡がれる恥ずかしさで、心の臓の鼓動は一気に速くなっていく。

山崎「これから龍雲寺に向かい、三番組にここの援護を頼む。一つでも隊が戻れば勝算はある。このままむざむざ負けるわけにはいかない。君を戦場に連れて行くのは申し訳ないと思うが、付き合ってくれるか?」
千鶴「はい!」
山崎「山南総長、ここを頼みます!」
山南「ええ。お任せ下さい。羅刹の真の力を見せつけてやりましょう」

+++

山崎「雪村君、走れるか?」
千鶴「はい!大丈夫です。急ぎましょう」
山崎「ああ」
私達は三番組、斎藤さん達のいる戦場に向かってひたすら走っていた。


千鶴「っきゃ!」

龍雲寺は奉行所の横にあるが、この寺の周りを森が囲んでいる。その森を抜ける最中、足場の悪い道で私は足を引っ掛けてしまった。

山崎「大丈夫か!?」
千鶴「へ,平気です……っ……」
足が痛くて動かない。これは足を捻ったとみて間違いない。こんな状態では当分走る事は出来ない。

山崎「立てないか?」
千鶴「大…丈…いっ、そんなことより、早く斎藤さん達と合流しないと。井上さんが…。私のことはいいので、山崎さん先に行ってください」
山崎「こんな戦場のド真ん中に君を置いていけるはずないだろ!」
千鶴「でも、一刻を争うことなんですよ!?私はもう皆さんの足手まといになりたくないんです!どうか先に行ってください」
山崎「そんなこと出来るはずないだろう!?肩を貸す!これで歩けるな?先を急ぐぞ」
千鶴「でも……」

肩を貸していただけるなら歩くことはできる。しかし早く歩くことはできない。
鬼でも、足を捻った場合にはそう簡単には治る事はないようだ。
これまでも山崎さんは、いつもより小さな歩幅で私に合わせてくれていたというのに。これでは援軍を呼びに行っても手遅れになりかねないのに……
山崎「時は一刻を争う。雪村君!」
山崎さんの鋭い視線が私を射抜く。その瞬間、私は進むしかないと悟った。
千鶴「はい!」
私は山崎さんの肩を借り、足を引きずりながらも龍雲寺に急いだ。

 


隠し扉とか勝手な案を出しちゃいましたが(笑)
いやーでもあるんじゃね?とりあえず、「眠り 逃げの小五郎」こと桂さんも隠し扉に隠れていたエピソードがあるわけだし、いいじゃないかと!(笑)
どうでもいいけど、龍馬伝。桂さん初登場回(通称:ヒゲ登場回)で既に幾松さんが出ていたので、「もしかしたら京での逃避行がワンシーンでも拝めるかもしれない!」っと、ちょっと楽しみにしていたのになぁ~(話題が逸れ過ぎだろ)
幾松さんが桂さん逃がした隠し扉とか、五条大橋の下に潜んでたとか!(龍馬伝に何を期待してた、おのれ! 爆)

 

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