松本先生別宅
ここには鳥羽伏見の戦いで負傷した隊士たちが運び込まれている。
そこには、戦いで重傷を負い、船上で変若水を飲んだ山崎さんもいた。
私は松本先生の補佐という名目で松本先生の家でお世話になっていた。
千鶴「山崎さん、お体は大丈夫ですか?ご気分はどうです?」
山崎「戦いで受けた傷はほぼ治った。直に皆の看病に当たれるはずだ」
千鶴「あまり無理をなさらないで下さい。もう少し大人しく眠っていて下さい」
山崎「俺はもう羅刹だ、確かに重傷の怪我を負っていたが、今は傷口すらほとんど残っていない。君が心配するほどのことでもない」
千鶴「でも……以前、平助君が言っていました。あの薬を飲んだ直後は体に馴染むまで色々辛いと……」
山崎「俺は大丈夫だ。それより局長の怪我はどうだい?」
千鶴「近藤さんは順調に回復なさっています。昨日も「体が鈍ってならん」とおっしゃって、稽古をされていたぐらいです」
山崎「そうか、それは良かった。局長がいらっしゃらなければ新選組は成り立たないからな。沖田さんの方は?」
千鶴「京にいた頃より症状が酷くなられているみたいで……お食事を持って行ってもあまり食べて頂けません。薬も苦いと倦厭されて、飲んで頂くのも一苦労です」
山崎「そうか……」
山崎さんは寂しそうにつぶやいた。山崎さんにとっても沖田さんの存在は大きいのだろう。
千鶴「で、でも、まだ私をからかう元気はお有りのようでしたよ!今朝も掌から蛙を出されて、私が驚く様子を笑っておられました」
山崎「まったくあの人は……沖田さんらしい」
山崎さんは呆れたような息をつきながらも、目は何か満足したように輝いていた。
翌日、「俺はもう大丈夫だ」といい、山崎さんは怪我人の看護に当たっていた。
元々山崎さんの怪我は羅刹になったことで江戸に着く頃にはほぼ治っていた。しかしあれだけの重傷を負っていたのにすぐに屯所に向かっては怪しまれるという理由でここに留まる事になっていた。
それから数日。松本先生から完治宣告を頂いた山崎さんは、江戸の屯所に行く事になった。
松本先生の補佐を仰せつかっている私はというと―――
松本「みな怪我はどんどん良くなっている。後は私一人でも診きれる。君は屯所に行って構わないよ。ここにいたいというのならそれでも構わないが」
千鶴「いえ、私も屯所に行きます。これまでお世話になりました!」
私は鬼に狙われている。私がここに残り、鬼の襲撃を受けたら……そう考えたらやはり屯所に行くべきだと悟った。ううん、それ以上に私が屯所に、皆のいるところに帰りたいのだ。私は山崎さんと一緒に屯所へ向かうことを決意した。
松本「そうか。せっかくいい助手が来てくれたと思ったのだが」
千鶴「そんな、いい助手だなんて…でも、先生の下で学んだ医術は皆さんのお役に立てると思います。本当にありがとうございました」
松本「……これから幕府側は不利に立たされる。君はそれでも」
千鶴「はい、新選組と一緒に行きます」
松本「そうか……。君が決めた事なんだ、それが君にとって正しい答えだ。何か困った事があれば遠慮なく私を頼りなさい」
千鶴「はい!ありがとうございます!……それでは行って参ります」
松本「達者でな、千鶴君」
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土方「島田!頼みたい仕事がある。少し来てくれ」
島田「はい!分かりました」
島田さんが土方さんに呼ばれた。きっと監察方の仕事なのだろう。
私と山崎さんが江戸の屯所に来て、3日が経とうとしていた。
京の治安維持を任されていた新選組。その新選組が江戸に来て表だってやる仕事はない。
巡察という任務がない隊士達は暇を持て余していた。
だが、新選組存続の為に、やらなければならないことは山ほどある。幹部の人、監察方の島田さん達は忙しくしている。
しかし、島田さんと同じ監察方の山崎さんが土方さんに呼ばれることはなかった。
千鶴「山崎さん、何をやってらっしゃるのですか?」
山崎「千駄ヶ谷におられる松本先生への文だ。鳥羽伏見の戦いで怪我を負った者も多い。後日怪我が悪化した隊士達を千駄ヶ谷に連れて行くことになった。その隊士の治療状況など報告せねばならない」
千鶴「私もお手伝いします!」
山崎「君が?」
千鶴「はい、私も皆さんのお手伝いをしたくて。山崎さんのように怪我や病気で苦しむ隊士の方を助けたいです。まだまだ医学については未熟者ですが」
山崎「……そうだな、君に手伝ってもらえるなら大助かりだ」
千鶴「ありがとうございます!」
それから数刻の時が過ぎ……
千鶴「これで完成ですね」
山崎「ああ。手伝ってくれてありがとう」
千鶴「お役に立てたか自信はないですが……」
山崎「さて、俺はこれからこれを松本先生の所に持っていかなくては」
千鶴「あの!」
山崎「どうした?雪村君」
千鶴「あ、あの、千駄ヶ谷まで行くのですよね。私も付いて行っては駄目ですか?」
山崎「え?」
千鶴「いえ、その、千駄ヶ谷には近藤さんや沖田さんもいらっしゃいますし、それに……!」
既に羅刹となった山崎さんの事が心配という本音は憚われた。言葉にするのを躊躇っていると、被せるように山崎さんが口を開いた。
山崎「しかし、君を屯所の外に出すなという命が出ている。今や江戸も安全とは言えない。ここからは監察方の仕事だ」
千鶴「そうですよね……山崎さん、お気をつけて」
山崎「ありがとう」
山崎さんは一瞬微笑み、そしてまたいつものように鋭い目をした真剣な顔になっていた。
土方「山崎。入るぞ」
そんな声が障子越しに聞こえたとほぼ同時に、部屋の襖が開けられた。
土方「ん?千鶴?……山崎はどうした?」
千鶴「山崎さんなら千駄ヶ谷の松本先生の所に文を持っていかれました」
土方「文?なんの文だ?」
千鶴「え?後日移送される怪我をされた隊士の方々について松本先生に経過を知らせる文です。……土方さんが命令されたのではないのですか?」
土方「確かに明後日にも症状が悪化した隊士を連れていくことにはなってはいるが、そんな文を書けなんて俺は命令してないぜ」
千鶴「ではあれは、山崎さんが気をきかせて?」
土方「確かに、事前に松本先生に状況が伝わっているのは有難てぇことだが……ところで山崎がいなくなってからどれくらい経っている?朝から姿を見てねぇーんだが」
千鶴「え?そういえば、ここから千駄ヶ谷はそんなに遠くないですよね。そろそろ帰ってきてもよい頃合いですね」
私の返答を聞くと、土方さんの表情は急に厳しいものに変わった。
土方「……山崎の足なら普通の奴より早いはずだ」
千鶴「まさか、山崎さんの身に何かが起きたのでしょうか!?」
土方「落ち着け千鶴。だがアイツはもう羅刹になっちまってる、何かあったと考えるのが自然かもしれねぇ」
千鶴「そんな……!」
土方「手の空いてる奴らに捜索させる。だからお前は……おい、千鶴!」
気がついた時には既に私は屯所の外に出ていた。山崎さんの身に何かあったのかも知れない。嫌な胸騒ぎが止まない。私は山崎さんの元へ急いだ。
読み返してて思ったのですが、「何で千鶴は未だに新選組にいるのか」気になる所ですよね。
四章其の壱での「お邪魔になるなら私は一人でも逃げられます。これ以上戦力を減らす云々」このセリフ書いてる時に私も「これは受け方次第では誤解を生むかな」とか思ったので、プチ解説というなの言い訳。
ここは、随想録の中にある山崎日常想起2をそのまま踏襲しているからです。
山崎「なんでまだ君がここにいる!局長と沖田さん達と大坂に行ったとばかり……」
千鶴「離れてみんなの状況が分からなくなる方が怖いんです」
山崎「君は長年一緒に戦ってきた戦友のように思うよ」
的なやりとりがあったわけですよ。正確なセリフは思い出せませんが。
また、土方ルートの要素も含めていまして、「千鶴は新選組で守る」という約束を意地として守り通そうとしているからっというのもあります。
新選組にとって、千鶴を手放したらそこで負けなんです。土方さん的には。
ということで、足手まとい千鶴ちゃんが戦場ブラついてても怒らないでやって下さいね。