第五章「焦燥と約束」 其の弐

 

 

 

屯所から少し歩くと何か唸るような声が聞こえてくる。
これは犬の遠吠えとは違う。

音のする方へ私は駈け出した。音の主を辿ると一つの路地が目に入った。そして私は路地を覗き込んだ。
???「うぐ、ぐぅ、がああぁぁ」
千鶴「山崎さん!?」
そこにいたのは白髪紅瞳、壁に手をつき苦しんでいる山崎さんだった。


山崎「雪…村…くん……?何故、こ…こに…」
千鶴「しゃべらないで下さい!」

山崎さんに近づくと、顔と首、背中は汗でグッショリ濡れているのが分かる。
千鶴「これは、羅刹の吸血衝動……?血が飲みたいんですか?」
山崎「ち、違う……」
千鶴「でもこんな苦しみ方、異常です!」
山崎「大丈夫だ。少し時を置けば治る。それより君はどうして屯所を抜けてきた」
千鶴「今はそんなこと関係ないです!山崎さん、私の血を飲んでください」
山崎「君の血を?いや、大丈夫だ、すぐ治る」
千鶴「そんな風には思えません!」

私は左に差した小太刀を鞘から抜き、左人差し指の先を切った。
大した量ではない。しかし、小さな切り傷から鮮血が溢れ出た。


山崎「な、……んてこと、を……」
千鶴「山崎さん!」
私はしゃがみこみ、山崎さんの顔の前に傷つけた指を差しだした。


山崎「俺は………っく!」
山崎さんは何か観念したような表情をし、私の指を手に取り舐め始めた。

まるで犬猫に指を舐められているような、くすぐったい感覚が全身に伝わる。
しばらくすると、髪はいつもの黒色に戻り、乱れていた呼吸も落ち着きを取り戻した。
ゆっくりと私の指から山崎さんの口が離れ、握られていた手も緩められた。

山崎「すまなかったな、雪村君」
千鶴「いえ、私は鬼ですから、傷口もすぐ塞がりますし!」
山崎「そういう問題ではないのだが」
千鶴「とにかく屯所に戻りましょう」
山崎「ああ……」



屯所に戻り、山崎さんは真っ先に土方さんに事情を話しに行った。
廊下にいた私にも土方さんの怒鳴り声が聞こえた。きっと土方さんもとても心配していたのだと思う。
意気消沈した様子で副長室から出てきた山崎さんは、そのまま自室へと戻って行った。
私は少しでも山崎さんに元気になってもらいたくて、お茶を淹れ山崎さんの部屋に持っていくことにした。

千鶴「お茶を淹れてきました」
山崎「す、すまない……」
千鶴「いえ」
しかし山崎さんは湯呑を持ったまま口づけることなく、ただ水面を見つめていた。

千鶴「山崎さん、どうかされたんですか?」
私が尋ねると山崎さんは寂しそうな瞳をして言葉を紡いだ。


山崎「もう俺に出来ることは何もないのだな……」
千鶴「え?」
山崎「日の光に弱い上にいつ発作が起きるかわからない。そんな俺に監察方の仕事は任せられない。そして俺は取り立て剣の腕が立つわけでもない。羅刹隊としても価値はない」
千鶴「………」
山崎「俺は、自分にしかできない仕事がある、そう思って生きる道を選んだ。だが、冷静に考えれば羅刹の身となった俺は何もできない」

私は何を言ったらいいのだろう・・・・・・

そんなこと言わないで下さい!
できることはたくさんあります!
 

 

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