屯所から少し歩くと何か唸るような声が聞こえてくる。
これは犬の遠吠えとは違う。
音のする方へ私は駈け出した。音の主を辿ると一つの路地が目に入った。そして私は路地を覗き込んだ。
???「うぐ、ぐぅ、がああぁぁ」
千鶴「山崎さん!?」
そこにいたのは白髪紅瞳、壁に手をつき苦しんでいる山崎さんだった。
山崎「雪…村…くん……?何故、こ…こに…」
千鶴「しゃべらないで下さい!」
山崎さんに近づくと、顔と首、背中は汗でグッショリ濡れているのが分かる。
千鶴「これは、羅刹の吸血衝動……?血が飲みたいんですか?」
山崎「ち、違う……」
千鶴「でもこんな苦しみ方、異常です!」
山崎「大丈夫だ。少し時を置けば治る。それより君はどうして屯所を抜けてきた」
千鶴「今はそんなこと関係ないです!山崎さん、私の血を飲んでください」
山崎「君の血を?いや、大丈夫だ、すぐ治る」
千鶴「そんな風には思えません!」
私は左に差した小太刀を鞘から抜き、左人差し指の先を切った。
大した量ではない。しかし、小さな切り傷から鮮血が溢れ出た。
山崎「な、……んてこと、を……」
千鶴「山崎さん!」
私はしゃがみこみ、山崎さんの顔の前に傷つけた指を差しだした。
山崎「俺は………っく!」
山崎さんは何か観念したような表情をし、私の指を手に取り舐め始めた。
まるで犬猫に指を舐められているような、くすぐったい感覚が全身に伝わる。
しばらくすると、髪はいつもの黒色に戻り、乱れていた呼吸も落ち着きを取り戻した。
ゆっくりと私の指から山崎さんの口が離れ、握られていた手も緩められた。
山崎「すまなかったな、雪村君」
千鶴「いえ、私は鬼ですから、傷口もすぐ塞がりますし!」
山崎「そういう問題ではないのだが」
千鶴「とにかく屯所に戻りましょう」
山崎「ああ……」
屯所に戻り、山崎さんは真っ先に土方さんに事情を話しに行った。
廊下にいた私にも土方さんの怒鳴り声が聞こえた。きっと土方さんもとても心配していたのだと思う。
意気消沈した様子で副長室から出てきた山崎さんは、そのまま自室へと戻って行った。
私は少しでも山崎さんに元気になってもらいたくて、お茶を淹れ山崎さんの部屋に持っていくことにした。
千鶴「お茶を淹れてきました」
山崎「す、すまない……」
千鶴「いえ」
しかし山崎さんは湯呑を持ったまま口づけることなく、ただ水面を見つめていた。
千鶴「山崎さん、どうかされたんですか?」
私が尋ねると山崎さんは寂しそうな瞳をして言葉を紡いだ。
山崎「もう俺に出来ることは何もないのだな……」
千鶴「え?」
山崎「日の光に弱い上にいつ発作が起きるかわからない。そんな俺に監察方の仕事は任せられない。そして俺は取り立て剣の腕が立つわけでもない。羅刹隊としても価値はない」
千鶴「………」
山崎「俺は、自分にしかできない仕事がある、そう思って生きる道を選んだ。だが、冷静に考えれば羅刹の身となった俺は何もできない」
私は何を言ったらいいのだろう・・・・・・
「そんなこと言わないで下さい!」
「できることはたくさんあります!」