PHASE-2 

 

 

 

 

 

「さぁ、オーブさんに着きましたよ」

ヒルダがシャトルの頑丈な扉を開けると、見慣れた海の世界が広がっていた。

「戻ってこれたんだね」
「キラ……」
「ラクスが無事で本当に良かった。ヒルダさんもありがとうございます」
「いえ」

シャトルから降りると、潮の匂いと穏やかな風に頬を擽られた。

「随分とお早いご帰還ですね、ヤマトさん」
「ウナトさん……」

穏やかな風とは相反する重たい空気が流れた。

「政府専用機でプラントに行っていたそうですね。……あなた方は自分の立場を理解しているのですか?」
「それは……」

キラが言い淀むとウナトは強張っていた表情を僅かに緩める。

「別に咎めているわけではないのですよ。独断とはいえ、カガリ様の許可があってのことでしょうし。……ただ、あなた方は極めて危うい立場なのです。また今の世界情勢は決して生易しいものではない。今後こういった行動をとる時は首長会の承認を得てもらわないと困る」
「はい、気をつけます」
「それにしても早いご帰還でしたね。何かありましたかな?」
「実は」
「いえ、何でもありませんわ」
キラが真実を話そうとすると、ここまでずっと黙っていたラクスが割って入るように言葉を発した。
「ただ、先方と思いのほか直ぐにお会いできたものですから」
「そうですか。何よりご無事で良かった。カガリ様のご友人に万が一のことがあったらいけませんから」
「……」
「では私はそろそろ失礼させていただく。ただこれだけは忘れないでいただきたい。あなた方はあやふやな存在なのです。……それを肝に銘じておいて下さい。では」
そう言葉を残すとウナトはその場を去っていった。


「あやふやな存在……か」
「私はオーブの者ではありません。キラもマリューさんもバルドフェルドさんも一度は地球軍やZAFTに身を置いた者。確かに今の私達はあやふやな存在なのかもしれません。……これはプラントでも一緒なのかもしれませんね」
「そうだね、だからラクスを狙おうとしたんだろうから」

「あやふやな立場……か……」

キラの小さな呟きが潮風にのった。


+++

一方、ミネルバのクルーはオーブへの上陸許可が降り、休日を満喫していた。
進水式直前の緊急出撃から始まり、高度な戦術が求められるデブリ帯での戦闘、ユニウスセブン破砕作業など、一時も休まぬ時を過ごしてきたクルーにとって貴重な休日だった。


「あのお店が良さそうよ、メイリン」
「そうね!」
「ということで、ヨウラン、ヴィーノ荷物係よろしくね?」

ルナマリアはにっこりと満面の笑みを浮かべながら自分のバッグを差しだした。顔は笑顔だがとても反論はできないであろうオーラが流れていた。

「荷物ぐらい自分で……」
「あら。レディにそーゆーこと言うわけ?それに私はこれでもパイロットなの。怪我でもしたら大変でしょ」
「っちぇ、シンだけズリィ」
ヴィーノが零すと諦めたような眼をしたヨウランがぼやく。
「まぁ、仕方ねぇって。シン様のおかげで地球は助かったわけだし」
「なんだよその言い方」
含みのある言い方にシンは口をとがらせる。
「それに、ヴィーノ。お前はここでメイリンの機嫌取っておいた方がいいだろ?」
「ヨウランこそ、ルナの機嫌取りだろ?」
「お前らって……」
そんな男達の下心に気づくそぶりもない女二人は店先できゃっきゃと騒いでいた。
「シンは免除よ。すぐ終わるから、シンはここで待ってて」
「あいよ」

そんな別れをして十分ほど時が流れた。
ふと歌声が聞こえてきた。海の方に視線を向ければ、金髪の女の子が歌いながら踊っていた。
その姿は海に映え、とても美しいとシンは思った。
そんな姿を微笑ましく見ていると――


「っ!危ない!」
「きゃっ」
シンは海に落ちそうだった彼女を抱き留めた。
「何やってんだ、アンタ。この辺りの海は意外と深いんだぞ!?死んじゃったらどうすんだ!」
「死ぬ……?」
「だから、危ない所だったって、えええ!?」
シンが驚くのも無理はなかった。
危ない所をなんとか助けた態勢だというのに、急に暴れ出したのだから。
「いや、死ぬのはダメなの、怖いの、いや、死ぬのいや!」
「ちょ、落ちつけよ、落ちちゃうわぁ……!」

ザブーンと派手な波音が轟いた。


「う、いや、が、うう」
「泳げないのかよ!?」

必死にもがきながらも沈んでいく彼女。シンはなんとかその体を受け止め、抱えながら岸に上がれないかともがいた。

+++

数キロ流され、ようやく陸地に流れ着いた。


「はぁ、なんとか助かったな」
「私生きてるの?死ぬの?怖い、いやぁぁ」
「ちょっと、君……はっ!」

瞳が赤い……?赤い瞳をもつナチュラルの種族はいなかったはず。それは地球で育ち、赤い瞳を有するシンにとっては嫌というほど確認させられたことだった。
それにさっきの力の強さ。彼女は……

「君、もしかしてコーディネーター……?」
「怖い……死ぬの怖いよ……」

しかしシンの問いかけは耳に入っていないのか、彼女は泣き叫ぶだけだった。
オノゴロ島にいるんだ。コーディネーターだっているはずだ。彼女も侵攻で怖い目に遭ったんだろうか?シンはそう思い至り――

「大丈夫」


「君は死なない。何も怖くないよ。俺が君を守るから」

それまで泣き叫ぶだけだった彼女が動きを止めた。

「……死なない?」
「うん、僕が……あ、俺がちゃんと守るから」
「まもる……?」
「ああ」
その言葉の意味を理解したのか、少女は小さく微笑んだ。

「しっかし、遠くまで流されちゃったな。とにかく、濡れた服をどうにかしないと」
シンは自分の羽織っていた上着を勢いよく絞り、水分を飛ばした。
そんな姿を不思議そうに見つめる少女に、シンは上着を差しだし、少女の肩に掛けた。
「へ?」
「とりあえず濡れたままじゃ寒いだろ?」
「うん……」

彼女は驚いたように瞳をパチパチと瞬きを繰り返していた。

「あ、ちょっと足見せて。……怪我してるじゃないか、痛い?」
「え……?いたい……?」
「君ちょっとここに座ってよく見せて」

少女を座らせ、左足を手に取ると、そこからは赤い汁が零れ落ちていた。
シンは手持ちの青いハンカチを力いっぱい絞り水気を取ると、さっと少女の足に巻いた。

最初は驚いて瞬きばかりを繰り返していた彼女だが、次第に大きな瞳を爛漫に輝かせ、怪我の処置が終わるころにはシンを食い入るような瞳でのぞいていた。

「そうだ、名前。俺はシン。シン・アスカ。君の名前は?」
「ス、ステラ……」
「ステラか、いい名前だね」
「シン……シン、よろしくね」

さっきまで暴れて泣き叫んでいたステラは、シンを信用したのか、シンの腕を優しく掴み、笑顔を見せた。


「君の家は近いの?」
「家……ない……」
ない……か。ブレイクザワールドで流されたのかもしれない。
「それじゃ……家族の人は……?」
「一緒なのはネオ、スティング、アウル」
「そのネオさん達の居場所、分かる?」
「ううん」
「そっか」


二人は元いた所からかなり流されてしまった。
兎にも角にも。そのネオとかいう人を探し、彼女を引き渡さなければ。
そのためにも元居た場所に戻ろうと彼女の手を引こうとしたその時だった。


「あ!いた!シン!!」
「本当だ。男が海に落ちたーって聞いたから、アンタのことだと思って探したんだからね!」
「ヴィーノ!ルナ!ヨウラン!メイリン!」
仲間の登場にシンはホッと一息を吐いた。
 


 



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