第四章「戦いと選択」 其の四

 

 

 

なんとか船には乗りこんだが、山崎さんの容体は悪化の一途をたどっていた。

千鶴「山崎さん、頑張って下さい。私だけでは新選組のお医者様は務まりません。山崎さんがいないとダメなんです、だから……!」

私は必死に訴える。山崎さんを失いたくない、その一心で。
すると後ろから扉の開く鈍い音がした。振り向くとそこには山南さんが立っていた。

山南「山崎君」
千鶴「山南さん!?どうされたのですか?」
山崎「………」
山南「これを渡しに来ました」

小さな瓶。その中で赤い液体は揺れている。

千鶴「山南さん!?それは」
山南「はい、お察しの通り変若水です」
千鶴「まさか、山崎さんに!?」
山南「山崎君は新選組にとって必要不可欠な方です」
千鶴「それはそうですが、変若水を飲ませるおつもりなのですか!?」
山南「それは私が強制する事ではありません。山崎君が決めればいいことです」
千鶴「……」
山南「さてそろそろ戻らないと。死んでいるはずの私が生きていると隊士達に知られたら大変ですからね。狭い船では隠れるのも一苦労ですよ。とりあえず、変若水はここに置いておきますよ、山崎君。私ももう仲間は失いたくありませんから……」
千鶴「あ……」
そう言い残すと山南さんは部屋から出て行った。


部屋に沈黙の時が流れる。ただ、苦しそうな呼吸が聞こえるだけ……

 



山崎「変若水……か……」

千鶴「だ、大丈夫ですよ。江戸に着けば松本先生が環境の良い所でしっかり診て下さります。私もお世話をお手伝いします。だから……」
山崎「君も蘭方医の娘だ。分かっているのだろう?……俺は江戸に着くまで持たない」
千鶴「……そんなこと……」
山崎「……変若水をとってくれ……」
千鶴「山崎さん!」
山崎「さっき君が言ってくれた言葉、とても嬉しかった。君に新選組を任せるのは荷が重いだろう。だから俺は生きたい…たとえ人間でなくなっても……」
千鶴「山崎さん……」

これまで幾度も血に狂った羅刹を見てきた。監察方の彼は私以上にその悲しい最期を見届けてきたはず。
それでも、彼は求めているのだ、唯一生き残るすべを。

千鶴「変若水……です……」
私はカタカタ小さく震えながら山崎さんの口元に瓶を近づける。
蓋を開け、瓶を少し斜めに傾けた所で私の手が止まる。

千鶴「できません……!!」
私は堪えていた涙を流してしまった。


虚ろとした瞳の山崎さんを助けるにはこれしかないのに。
以前山崎さんはこう言っていた。「羅刹にだけはなりたくないものだ」と。
人ならざる者の末路をこの人はずっと見てきたのだ。そんな山崎さんに変若水を飲ませるなんて……
恐ろしくなった私が変若水を引っこめようとしたその時だった。

私の腕がグイと引っ張られ、山崎さんの口に赤い液体が垂れた。
一瞬、何が起きたのか、私には理解できなかった。
もうほとんど動かす事が出来ない重たい体のはずなのに、山崎さんが私の腕をつかんでいた。そして自らの口に水を流し込んだのだ。

山崎「う、ぐは……」

喉が動いた。これは赤い水が間違いなく山崎さんの体内へと運ばれて行ったことを示していた。

千鶴「山崎さん……」
山崎「う、ぐ、うう、はぁはぁはぁ」
苦しそうな声が減ると共に、山崎さんの髪は色素をなくしていき、白髪・赤い瞳。間違いなく羅刹となった山崎さんがそこにいた。

千鶴「大丈夫ですか?」
山崎「あ、ああ……さっきまでより幾分か楽になった…」
千鶴「………」

山崎「どうして泣く」
千鶴「私のせいで…山崎さんは変若水を飲まなきゃならなくなって、それを飲ませる罪すら私は怖気づいてできなくて……!」
山崎「君のせいではない。俺が任務を全うできなかったからだ。その上、生き残る為という身勝手な理由で飲んだのは俺だ。「罪だ」などと考えるのはやめてくれ。君が気に病むことはない」
千鶴「でも……ごめんなさい……」
山崎「君のせいではないと言っているのに……もうその言葉で十分だ。これ以上思い悩むのは止してくれ」
千鶴「涙が止まらなくて……ごめんなさい、山崎さん……」

山崎「……分かった。君は、気が済むまで泣いてくれ。今だけは俺が羅刹になったのは君のせいにする。そうすれば君は思う存分泣けるだろう?」
山崎さんはまるで赤子を宥めるような表情をしていた。そして私の頭を撫でてくれた。
いい歳をして赤子みたい……それはとても恥ずかしかったけれど、同時に心に空いていた穴が埋まるような気持になれた。
千鶴「はい……ありがとうございます、ごめんなさい……」
山崎「まったく君は……」
山崎さんは呆れたような、でも決して蔑むような声ではなく、包み込んでくれるような声でそう言った。

 

ようやく涙が引いたころ、船室の外から声が掛った。
土方「土方だ。山崎、入るぞ?」
千鶴「土方さん!?」
ガチャっと部屋の扉が開かれた。
土方さんは寝床の住人の姿を見、目を大きく開いた。

土方「山…崎…だよな?お前、その姿……」
そこには、白髪赤瞳の山崎さんがいたのだから……
山崎「申し訳ありません副長。俺は変若水を飲み羅刹になりました」
土方「どうして、お前が変若水を持っている……?今はそんなこと…なんでお前まで……」
頭の切れる土方さんも、この山崎さんの行動は予想外かつ衝撃的なことなのであろう。
しばし放心状態だったが、ようやく事態を受け入れた土方さんは大きなため息を吐いた。

土方「それがお前の答えなんだな?」
山崎「はい。俺の独断で飲みました」
土方「そうか……」
どこで変若水を手に入れたのか。何故、飲むことになったのか。変若水を飲むことを拒んでいたのは土方さんだって知っていたはずなのに。
土方さんは聞きた気な顔をしていたが、グッと堪え、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

色々強引な展開ですが、山崎さんついに羅刹に。
ただ、組長組とは違い、監察方にとっては羅刹化って致命的ですよね。
これから山崎さんの苦悩の日々が始まります。
色々史実無視な所が多々ありますが「細けーことはどうでもいいだ」という新八っつぁんみたいな人はまだ続きますのでどぞ。
次章からはストーリー分岐しますw
ハッピーエンドにもバッドエンドにもなりますよ!お楽しみに!
 

 

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