第五章「焦燥と約束」 其の参

 

 

 

近藤「いやー重症だった山崎君がここまで回復してくれるとは!」
近藤さんはニコニコしながら山崎さんの肩を叩いていた。
近藤「だがまだ万全ではないのだろう?今回は雪村君と救護班だときいてな」
山崎「はい、所々治りきれていない所がありまして」

近藤さんと山崎さんの会話に違和感を覚えた私は、全ての事情を知っている土方さんに問うた。
千鶴「あの、土方さん?山崎さんの事、近藤さんには話してないんですか?」
土方「あ、ああ……近藤さんは、平助が飲んだ時、酷く落ち込んでいたからな。自分が戦場に出れなかった戦で負傷して変若水を飲んだと知れば、……士気にも関わるからな」
局長、この戦の総大将である近藤さんがやる気を失えば、隊士の士気にも大きく影響するであろう。特に今回の戦については、疑問や不満を抱く隊士が多いのが現実だ。それは幹部隊士の中でも見え隠れする。

近藤さんとの話が終わったのか、山崎さんが私達に近づいてきた。
山崎「俺は新選組の一人として戦うだけです。局長に余計な心労を増やすことは俺も望みません」
土方「そうか……近藤さんのこともよろしく頼む」
山崎「はい」
私達は近藤さんを残し、日野を発った。

 

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島田「大変です、甲府城が既に新政府軍に落とされています」
土方「なんだと?」
永倉「何!?」
土方「ひとまず近藤さんに伝令だ」
島田「はい!」
土方「この数では城攻めは厳しいか…江戸に増援部隊が待機している。俺は呼びに行ってくる」

土方さんが江戸に戻って数刻後、ようやく近藤さんが到着した。
そして作戦会議になったのだが……

永倉「近藤さん、いくらなんでもこの数で城をとるのは無理だ。相手は西洋の銃を持ってんだぞ!?」
近藤「銃が怖くてどうする。銃ならこちらも幕府から頂いている。大砲だって」
永倉「近藤さん!鳥羽伏見の事は聞いてるんだろ!?アイツ等の武器は」
近藤「永倉君、武士たるもの戦場に出れば戦わねばならない」
永倉「っぐ!」
近藤さんと永倉さんの意見は真っ向から対立した。
それもそのはず。永倉さんは鳥羽伏見の戦いの時、決死隊を志願し、多くの部下を亡くし、近代戦の恐ろしさを一番肌で感じてきた人なのだから。
伝聞でしか戦いの様子を知らない近藤さんにとってはこう考えるのも無理もない。実際に、私達だって開戦するまで相手の兵力・威力を侮っていたのだから。

そんなやり取りを続けていると、陣の中に一人の隊士が飛び込んできた。

隊士「伝令です!甲府城の方から数十名の兵を確認。斥候部隊と思われます」
原田「っち、敵に勘付かれたか」
斎藤「こうなってしまった以上、今更撤退も叶わん。戦うしかあるまい」
永倉「ああ、新政府軍だかなんだか知ねぇーが、敵を倒せばいんだろ!」
原田「新八、ヤケになるなよ!」
永倉「うるせ!」

隊士の人たちは前線へと出て行った。
私と山崎さんは救護班として、近藤さんの構える本陣で待機をしていた。
すぐそばで戦いが繰り広げられているというのに、見ている事しかできないのがとても辛い。でも私には戦う能力ない。それに私以上に苦しいのは、戦う力を持ちながら待つことしかできない山崎さんだろう。
彼はいつも、誰よりも先に戦地に赴いていたのだから……

隊士「局長!敵の持つ銃の威力は強大です。既に隊士が数十名負傷しております!」
近藤「なんだと!?」
戦闘が始まってまだものの数刻だというのに、この負傷者の多さはこの戦いの劣勢を知らしめるには十分な効力を持っていた。
山崎「その数では負傷者を運ぶことも困難だ。俺も行く」
千鶴「でも今はまだ昼で、山崎さんは……」
羅刹となっている。昼は満足に戦うことはできない。そんな丸腰に等しい山崎さんが前線に行けばどうなるか。私の心臓音は一気に跳ね上がった。
山崎「雪村君はここにいなさい」
千鶴「私も行きます!」
山崎「馬鹿を言うな。土方さんが君をここに連れてきた理由は君を戦場の最前線に行かせる為ではない!それに局長の守護も君に与えられた任務だ。分かるな?」
千鶴「……はい」

千鶴「お気をつけて……」

 

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近藤さんはきっと苦渋の選択を迫られているのだろう、額に汗をかきながら低い声で唸っている。
近藤「トシが呼びに行っている増援部隊は間に合わない、か。……致し方ない、ここは撤退だ」
隊士「はい!」
伝令役の隊士はピンと背筋を伸ばし、撤退命令を知らせるために再び前線へと戻っていた。
暫くすると、本陣に山崎さん達が戻ってきた。
今まで見たこともない数の負傷兵を連れて。それも殆どが銃による負傷だった。鳥羽伏見で猛威を奮った銃弾の雨が再び新選組に浴びせられたのだろう。

山崎「雪村君、この数だ、君の力も当てにしなくてはならない、すまないが手当てを手伝ってくれ」
千鶴「はい、もちろんです」

大勢の怪我人が運ばれてくる。中には酷い血を流す怪我も。
羅刹となってしまった山崎さんとっても、血のにおいは辛いのではないか。
口当てで鼻を隠しているが血のにおいは強烈。そんな苦痛と戦いながら山崎さんはみんなを助けるために奮闘しているんだ……
私は隊士の方々の怪我の手当てをする事、そして山崎さんの苦痛を少しでも和らげる事だけを考え、テキパキと手当てに当たった。

それからもう少し時が経つと、最前線で戦っていた幹部隊士の方々も戻ってきた。どうやら幸いこちらは怪我人がいないようだ。

原田「頑張れ、もうすぐ治療してもらえる、もう一息だ」
十番組の隊士なのだろう、原田さんが重傷の隊士に声を掛けていた。
その原田さんのすぐ後ろで永倉さんが口火を切った。

永倉「近藤さん」
永倉さんの声に近藤さんは少し気まずそうに振り向いた。

永倉「アンタがちゃんと戦況を読めていたら、こんな被害、出さずに済んだんじゃねぇーか?」
近藤「……だが!お上から支度金を頂いているのだ、敵前逃亡などできるはずもない!」
永倉「だからって、無茶な戦いに隊士を送り込んで死なせることが正しいっていうのかよ!」
斎藤「新八、よせ」
永倉「止めるな斎藤!俺達は命を張ってんだ。そりゃ死ぬことも覚悟しているさ。でもな!コイツらは、アンタの命令で理不尽に命を張らされたんだぞ!?」
近藤「だが!武士たるもの、お上の為に無謀と思える戦いもやらなくてはならない。勝算のある戦いだけをするというのならそれはもはや武士ではない」
永倉「ああ、よく分かった。近藤さん、アンタが俺達をただの捨て駒にしか考えてないのなら、俺はもうアンタと一緒には戦えねぇ」
近藤「捨て駒など、そんな風に考えているわけがあるか!」
原田「新八、言い過ぎだ!落ち着けって」
永倉「そりゃそうだが……だけどな!俺の腹の虫がおさまらねぇ!」
なおも言い合いを続けようとしている二人に私はついに耐えられなくなった。


千鶴「いい加減にしてください!」


永倉「千鶴ちゃん……?」
千鶴「今は負傷した隊士さん達を助ける事が何よりも先決です!怪我と戦っている方たちの前で幹部のみなさんが言い合いをなさって……今はそんな場合ではないはずです!」
近藤「……」
永倉「あ……」
原田「そうだ。喧嘩やんなら屯所でやってくれ。千鶴の言うとおり、とりあえずこいつらの手当てが今一番大事なことだろ?」
斎藤「新八も局長も落ち着いてください。ここも早く撤退せねば敵に勘付かれます」


負傷した隊士の応急処置はほぼ終了した。
あとは、撤退を急がねばならない。私達は夜の森を歩き、江戸へと戻ることになった。

山崎「先程の君には驚かされたよ」
千鶴「え?」
山崎「近藤局長と永倉さんのことだ」
千鶴「あ、あれは……出過ぎた真似をしてしまいました。後で近藤さんと永倉さんに謝りに行こうと……」
山崎「だが君の言っていた事は正しい。俺も、原田さんや斎藤さんですら止めるのを躊躇っていたのに、君は正しいと信じた言葉を紡いだのだろう?感心したよ」
千鶴「正しいかどうかなんて……」

山崎「今回の事だけではない。君に肯定されると凄く安心するし、否定されると自分の過ちに気付くような気がしてな。君は本当面白い人だよ」
千鶴「お、面白いですか?」
「面白い」と評され、私はぷぅっと少し剥れてみた。
山崎「あ、いや、「面白い」では失礼か。だがなんと言ったらいいのか、君の考えにいつもハッとさせられるよ」
千鶴「そんな……こと……言い過ぎです」
山崎「そうか?」
千鶴「はい」
私は恥ずかしくて、しばらくの間顔を上げることが出来なかった。

 

 

色々捏造申し訳ない。戦闘部分は描くの苦手です
さて、このパート自体は2010年10月の頭ぐらいに書き終わっていまして、
「『奥沢よくやった』の原田さんだから、負傷した兵士に声掛けるだろうな~」と思い、そのシーンを入れてみたんですが、アニメでも見事にやってくれましたね!(笑)
ちょっと泣いた。だって妄想してたことが実現したんだぜ?

さて次からは第6章になります。これからさらに捏造甚だしいので、色々目を瞑って頂けると有難いです(苦笑)
 

 

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