第八章「幾千の絆」 其の弐

 

 

 

 

そうして仙台城に入城してから一週間が経った。
土方さんへお茶を持って部屋を訪れていると、「失礼します…」と歯切れの悪い挨拶と共に重い面持ちの島田さんが入っていた。
島田「土方さん、松本先生から文が届いております……」
土方「文、か。そうか……」
土方さんは文を開けずして内容が分かるようだった。
私もおそらくそう書かれているであろう事柄が脳裏を過る。
土方「総司……」
土方さんは文を握りつぶし、静かに彼の名前を呼んでいた。遠目でははっきりとは見えなかったが、その後ろ姿は泣いているように思えた。


私は山崎さんの部屋にもお茶を持っていくことにした。
千鶴「あの、山崎さん。先程、土方さんにお茶をお持ちした所、島田さんが文を持ってきたのですが……」
沖田さんのことを伝えねばならないと思った。
千鶴「沖田さんが……亡くなったそうです……」
山崎「沖田さんが……そうか……」
江戸で別れた時、沖田さんが助かる見込みは限りなく少ないと聞かされていた。だからどこかで覚悟はしていた。しかし、その事実をすぐに受け入れることは出来なかった。それは私だけでなく、山崎さんも……

山崎「そうか……」

しきりに、「そうか」とだけ繰り返していた。必死に受け入れようとしているようだった。
沖田さんは山崎さんにやたらと憎まれ口を叩いていた。山崎さんもまた、沖田さん相手には大人げない態度をとることもしばしばだった。
最初は、仲が良くないのではないかっと思った私だが、長く過ごすうちに分かった、あの口喧嘩も仲が良いからできることなのだと。
少なくとも、山崎さんにとって、沖田さんの存在は大きかった。それだけは私にも分かった。


その晩はなかなか寝付けなかった。
布団を被るにも、目が冴えてしまって一向に眠れない。
時だけが過ぎて、もうどれほど布団に顔を埋めていたのだろうか……

 

???「千鶴ちゃん」
沖田さん!?どうして?
ふと気配を感じ、寝返りを打つと、寝間着姿の沖田さんがそこにいた。
沖田「君も屯所に行くんだって?」
え?屯所?
沖田「君もつくづく物好きだよね」
あれ、こんなこと前にも……?それにここは……?
沖田「このまま逃げたって別に僕はもう殺すつもりないし、みんな見逃してくれると思うけど?それでも新選組に付いて行くつもりなの?」
ああ、知っている……そう、松本先生の元を離れて江戸の屯所に向かう前日、沖田さんに別れのあいさつにいった時の……
沖田「土方さんは君を守るのは新選組の意地だ~とか言っちゃってるけどさ。それ、本心じゃないの、君、気づいてる?それでも行くの?」
はい……
沖田「っとに、彼は幸せ者だね」
えっ?
沖田「あれ、君、意外と鈍感なんだね、まーいいけど。そっちの方が面白そうだし」
沖田さん?
沖田「もう行くんでしょ?夜が明ける前に着かないといけないんだから。それに僕もそろそろ眠たいんだ。寝てもいいかな?」
あ、すみません!そろそろ失礼します。
……沖田さん、今まで本当にありがとうございました。
沖田「うん、そうだね、君は色々僕を楽しませてくれたし、うん、ありがとう。ふわぁ、眠い眠い」
すみません、お邪魔しました。失礼します!
私は深々と頭を下げ、沖田さんの部屋を出て行った。
「おやすみ、千鶴ちゃん……」
そうか、これが今生の別れになってしまったのか……

千鶴「沖田さん……」

私はもういないはずの彼の名を呼ぶ。
するとなにか優しいものに包まれたような感覚がした。

千鶴ちゃん。

千鶴「沖田さん……?」

僕が大坂で言った事、覚えてる?

千鶴「大坂……?」

ケンカできないのはつまらないんだ。だから死んでもらっちゃ困る。だから、ね?千鶴ちゃん、……、よろしくね

千鶴「あ……」

僕、やっと近藤さんに会えたんだ。正直、当分の間、彼の顔は見たくないな。こっちに来てまでケンカしたくないし。あ、ついでに、あの人もまだいいや。うるさそうだし。もうちょっとそっちで暴れてからでいいよ。だからね、千鶴ちゃん、……のこと、よろしくね?

千鶴「はい……」


気がつくと、私は布団の中にいた。あんなに寝付けなかったのに、気がついたら寝ていたんだな。何か凄く嬉しくて、それでいて何故か悲しい夢を見ていた気がする。夢の内容は思い出せないけど、頬を伝う涙は止まらなかった。


+++


各地での諸藩の戦いの状況が逐一伝わる。
今のところ、仙台ではまだ新政府軍の進攻を許してはいないが、街中に緊迫感が漂っていた。
そんな時だった。

土方「城内に侵入者だと!?それで相手は何人だ」
島田「実は、一人とのことで……」
土方「一人!?そんな一人の為にこんな大騒ぎか。さっさと捕まえろ」
島田「そ、それが……身体能力がズバ抜けているのです。忍びでもあの動きに付いて行けるかどうか……」
土方「まさか……おい、千鶴はどこにいる!山崎は!」
島田「彼女はいつもこの時間は自室で裁縫をされています。……山崎君に仕事があれば別行動している可能性もあります」
土方「今すぐ、二人を探せ」
島田「はい!」
土方「城内だからと好きにさせていたが、まさかこの要塞を一人で突っ込んでくる奴がいるとはな。名将 伊達政宗が築いた城も鬼には敵わない、か」

島田「雪村君!」
千鶴「あ、島田さん、どうされたのですか?血相を変えて」
島田「今、鬼と思われる一人が城内に侵入した。君の身が危ない、早く逃げる準備を」
千鶴「鬼!?この仙台城に、一人で!?そんな!」
島田「とにかくこの部屋では危険だ」
千鶴「し、しまださん!うしろ!」
巨体の島田さんが宙に浮き、そのまま壁に吹き飛ばされた。肺を傷つけたのか、酷い咳と喀血に苦しんでいた。

???「酷い妹だよね。故郷の事も、俺の存在さえ忘れているなんて」
突然現れた小柄な少年。でもその顔には見覚えがあった。
千鶴「かおる……さん?なの?なんでそんな格好……?」
薫「そうか俺の記憶は一片たりとも残ってないか。千鶴、お前は双子の妹だ。そして俺は双子の兄だよ」
千鶴「性別を偽って……!?」
薫「それを言うならお前も一緒だろう?」
千鶴「あ……!それより用件は何なのですか!?この間の続きですか!?」
薫「俺はね、お前を試したんだよ。この間は山崎とかいう奴に邪魔されたが、お前の中に眠る記憶が俺に付いて行くことを望んでいたよ」
千鶴「そんな……こと……」

でも確かにあの時は、霊にでも憑かれたかのように私はおかしかった。訳も分からず憎しみが渦巻いて。私の過去に何かあるというの?

千鶴「薫さんの話す事、私は混乱しているけど理解しているつもりです。けれど、今は新選組が生き残るかの瀬戸際。そんな時に私だけ外出するなんてできません」
薫「はっはっは。おめでたいね、この妹は。お前の承諾なんていらない。お前は俺に付いて行く以外、道はないんだよ」
千鶴「きゃ、痛っやめて!」
薫さんは物凄い力で私の腕を掴んだ。
もし本当に薫さんが私と双子なら、鬼の濃い血を持っているはず。この力が彼は鬼だということを証明していた。


薫「っ!」
薫さんは私の腕を掴んだまま、後ろに飛んだ。
そして目の前の畳にはクナイが刺さっていた。
山崎「南雲薫。貴様何をやっている」
薫「見ての通り、可愛い俺の妹を故郷に帰そうとしているのさ」
山崎「故郷だと?」
薫「ここからは俺達兄妹の時間だ。じゃーな」
薫さんは私を抱き構えたまま外へ飛び降り、怪我ひとつせず、とてつもない早さで駆けた。

 


薫を仙台城で暴れさせたかったが故に史実丸無視でこんな展開に……すみません。ヤンデレ兄貴大好きです(苦笑)
アニメの薫があっさりやられてしまったので、見せ場作ってあげたいと思ったらこんな展開になってました。何故だ。
夢パートは反則かな……とは思ったんですが、どうしても沖田さんを出したくて書きました。・・・・・・如何だったでしょうか?

 

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