第八章「幾千の絆」 其の参

 

 

 

暫くした後、私はようやく薫さんの腕から解放され、自分の足で立つことを許された。


薫「千鶴、ここだよ」
薫さんが差した場所には今にも崩れそうな家と、焼け焦げた建物がポツンと建っていた。

千鶴「ここ……知ってる……」
うっすらと、記憶がよみがえる。淡くて、はっきりは見えないけれど、確かに知ってるこの場所。

薫「雪村家は東国最大の鬼の一族だった。鬼は人と関わる事を良としない。特に戦に協力することはね。だけど、倒幕の誘いを断ったが為に雪村家は滅ぼされた。人間ごときに。その際、俺達は生き別れになった。千鶴は分家筋の綱道さんに、俺は土佐の南雲家引き取られた」
千鶴「分家……じゃあ、私は父様とは血のつながりがないの……?」
薫「ああ、そうゆうことになるね」
千鶴「……」

薫「南雲家は子を成す女鬼が欲しかったんだ。双子のハズレを引いて大激怒。そんな所で俺がどんな目に遭わされたか想像できるかい?俺も雪村の正統なる血筋を持つのに、ただ男というだけで虐げられ」
千鶴「そんな!」
薫「京でお前を見つけた時、俺は怒りと笑いで震えたよ。幸せそうな、何不自由ない顔。正直言って、新選組に軟禁されている立場であって、あそこまで笑えるのはある種の才能だね。俺にも出来るのだろうか?そんな表情。実に愉快だったよ」
千鶴「薫……!」

薫「俺はね、今、綱道さんと一緒に行動しているんだ。羅刹を使い、雪村家を再興する。そして人間どもを滅ぼし、この日の本を鬼の国にするんだ。そうすればバカでかい蒸気船しか持っていない異人どもだって手は出せなくなる。素晴らしいじゃないか。あははははは」

薫は空を見上げ、笑っていた。
私は先日感じた激しい憎悪の感情を思い出す。

千鶴「私……思いだしてきた……そう火の中、母様が庇って、叫んで、逃げて、繋いでいた手を離されて……」
薫「そうだ、そうだよ、千鶴。戦いを拒むという鬼としての誇りを守り通したのに、人間どもは俺達を危険因子と見なして葬り去ったんだ。お前はこれでも人間を恨まないと言うのか!?」
千鶴「人間……憎い…………人間が憎い。母様と父様が……薫……」
薫「そうだ、思い出しただろ?何で俺達は理不尽に親を殺され、離れ離れにならなくてはならなかったんだ?おかしいだろう、千鶴……」

千鶴「人間が憎い!」

私の心の中にドロドロとした感情が渦巻く。止めようと思っても、堰を切ったかのように溢れだす。そのまま濁流に飲み込まれて自分を失いそうになる。このまま流れに身を乗せてしまえばどんなに楽になるのだろう。

でも私にはもう一つの気持ちがあった。それはとても弱々しくて、でも濁流の中では輝いて見えるこの気持ち……
千鶴「人間が憎い……でも、でも、みんなじゃない。新選組は、山崎さんは憎くない。違う、好きなの!人間を滅ぼして鬼の国をつくるなんてやめて!」
求めていた言葉とは違ったからか。薫はそれまで浮かべていた笑みを消し、私を睨みつけた。
薫「なんだと?お前にはないのか?鬼としての誇り、そして滅ぼされた憎しみ。お前はそこまで薄情な奴だったのか?」
千鶴「全く恨んでないと言ったら嘘になる。でも、人間を滅ぼして鬼の国をつくるなんて間違ってる!それこそ鬼の誇りを傷つけるだけじゃない!」
薫「そうか。幸せに育ったお前には俺の気持ちなんか理解できないよね。お前に協力を仰ごうとした俺が馬鹿だったよ。いいさ、いっそこの地で果てればいい。お前にとって最高の死に場所じゃないか」
千鶴「薫!?」
薫の刀が空を裂き、振り下ろされる。
もうダメだっと思った時だった。


薫「またお前か……」
山崎「雪村君、大丈夫か!?」
千鶴「山崎さん!」
山崎さんがいた。白い髪と赤い瞳をした山崎さんが。

山崎「足跡を残しておくとは愚かだな」
薫「ふーん、なるほどね。でも羅刹になったからと言っても所詮お前は監察だ。実力が違いすぎる。そうだね、沖田との鍔迫り合いはなかなか面白かったよ」
山崎「そこでどうして沖田さんの名前が出てくる」
薫「ああ、まさか千鶴がまだ新選組と一緒にいるとは思わなくて。沖田の看病でもしてるのかと思って、沖田が寝てるって所に行ってみたら、アイツ、咳き込みながら俺に刃を向けてきたんだ」

山崎「あの状態の沖田さんを襲ったのか!?」
山崎さんの声に力がこもる。
薫「もう戦う力もないのに俺に刃を向けるなんて、愚かとしか言いようがないね。でも火事場の馬鹿力ってヤツ?意外といい太刀筋してて俺も楽しかったよ」
千鶴「まさか……沖田さんを……」
薫「ああ、大丈夫、心配しないで千鶴。俺は殺してないよ。まぁ、俺が遊びに行った3日後に死んだらしいけど?」
山崎「貴様!」


沖田さんはもう刀を握れる状態じゃなかった。そんな状態で鬼の薫の相手をすれば、肺に掛る負担は相当なものになったはず。
薫「沖田もそれなりに楽しませてくれたけど、所詮人間。お前は羅刹なんだろ?お前も少しは俺を楽しませてくれるのかな?」
山崎「黙れ!」
山崎さんはキッと鋭い視線を薫に向ける。しかしそんな視線などお構いなしに、薫は笑みを浮かべる。

薫「でも、いいの?今頃仙台城は綱道さんが作った羅刹達に襲われているんだよ?」
山崎「何!?」
千鶴「なんで!父様が!?」
薫「ついでにお前達の仲間だった山南ってヤツも手伝ってくれているよ」
千鶴「山南さんも!?」
薫「お前は土方直属の部下なんだろ?主の危機にこんな所で油売ってていいのかな?」

千鶴「薫!やめて!」
薫「やめて?はっ、笑っちゃうね。お前のその表情すごくいいよ。その顔が一番似合う」

その言葉は私の心に怒りの灯をともした。

千鶴「この顔が一番似合う……?あんたなんかに、薫なんかに言われたくない!」
薫「やっぱり人間の肩を持つのか。哀れな妹だ」
千鶴「その言葉は汚されちゃいけない、大事な言葉なの!……山崎さんはこんな顔、私に似合うなんて言わない!!」

山崎さんは言ってくれた。笑った私に「その顔が一番似合う」と。
あの胸をときめかせた言葉を汚された気がして、私は薫に敵意をむき出しにした。それこそ、私は鬼の形相をしているのだろう……


山崎「南雲薫。残念だが俺は土方さんから大事な命を受けている。それは雪村千鶴を必ず守る事。それにいくら大量の羅刹を投入した所で、土方さん達、新選組が負けるはずがない!」
薫「お前、面白いね。大した腕もないくせに、俺にまだ刃向うの?そんなにお望みなら見せてやるさ、鬼の証拠ってやつをね!」

薫の髪は白くなり、額には角が生えた。……これが鬼の本来の姿……
目で追うのも困難な早さで薫は刃を振り回す。山崎さんはこの攻撃をなんとか凌ぎ、後ろに距離を取る。


山崎「雪村君、目を閉じていなさい」
山崎さんが叫んだ。きっと、双子の兄を殺してしまう姿を見るな、という意味なのであろう。だったら尚更私は目を背けてはいけない。鬼の一族として、鬼の暴走を止めなくてはならない。それがたとえ血を分けた兄でも……
薫「お前、本気で俺に勝てると思ってるの?沖田ですら勝てなかったのに?」
山崎「さっきから沖田沖田と沖田さんばかり……剣の腕はなくても、監察というのはこーゆー戦いをするんだ!」

繰り出されるクナイ。クナイが地面や木々に突き刺さる。しかし薫の動きを阻害するにはほとんど効果がない。
薫「ははは!こんな玩具で俺を倒そうって?……何っ!?」
気がつくと薫の首には無数の透明で細い糸が絡みつけられていた。
薫「う、うぐわぁ……う、やめ……」
糸に絡め取られた喉が圧迫され苦しむ薫。
首からうっすら血が滲んでいた。しかし鬼であるが故に傷口を埋めると共に、首に巻きつけられた糸も抜けなくなる。

千鶴「薫!?山崎さ……」
山崎「目を閉じていろと言ったはずだ!」
薫「ぐぅ……」
山崎さんは目を閉じろというが、私にはしなくてはならない事がある。そう思った。
薫を助ける為に、薫に分かってもらう為に、説得するしかない。私は苦しむ薫に正面から向き合い、心に灯す言葉を告げる。

千鶴「人間を滅ぼして鬼の国をつくる……母様がこんなこと本当に願うと思う?誰よりも誇り高き鬼だった父様と母様が!」
薫「ち……づる……」
千鶴「薫。ねぇ、薫。思い出して。昔、母様が読んでくれた絵本覚えてる?」
薫「え……ほん……?」
千鶴「そう。母様はいつも言ってじゃない!」
薫「ちづ……母様……」
千鶴「本当に自分のことを理解してほしいなら、自分の事以上に相手の事を知らないといけないって」
薫「……!」

その時だった。突如薫が膝をつき倒れた。
千鶴「え?これって?」
山崎さんの手にはクナイ。そしてそこに斬られた糸が落ちていた。
薫「がほっ、げほっんがっ」
薫の粗い呼吸が聞こえる。

薫「な、ぜだ。なぜ殺さなかった」
山崎「一瞬だけ、君の表情が雪村君と同じだったからかな」
薫「何……?」
山崎「相手を思いやって心配する表情。あれを見ていると辛くなる」
薫「言ってる意味が分からないね」
山崎「君は心から雪村君を案じていたのだろ?確かに人間を滅ぼし鬼の国をつくるなど見過ごせる事ではない、だが、君は心から話せば分かってくれると、そう俺は判断した」

薫「お、俺は!もうこの道以外ないんだ!千鶴……千鶴……!」
薫は縋るように私の名前を呼ぶ。自分の道を肯定してほしい。これまでの決意を踏みにじりたくない。その一心で。

千鶴「薫、母様達は決してそんなこと望まない。薫、色々覚えてなくてごめんね。今まで辛かったの、きっと私が想像できない辛さだったと思う。同情しかできない。でもね、薫、まだこれから時間があるじゃない。薫も一緒に新選組と行こう?あの人達ならきっとあなたを歓迎してくれる」
薫「俺は……俺は……」
千鶴「薫……」

泣きながら薫は口を開けた。
薫「俺はただ、復讐がしたくて、人間を滅ぼそうと、滅ぼすしかないと……でも実際お前を見ているとお前のその幸せな顔が羨ましくて、妬ましくて……!」
薫の瞳は止まることなく涙を流し続ける。
薫「でも……確かに母様達は望まないな、こんなことは。お前の言う通り、鬼の誇りを汚す行為だ」
千鶴「薫……!」
分かりあえた。薫と。長年離れ離れになっていた私達。でも心は繋がれる。私はそう思った。

薫「だけど、新選組と一緒には行けない」
千鶴「え?」
薫「俺はもう少し考えたい、自分の事を。もう、人間を滅ぼそうなんて考えないよ、安心して、千鶴」
その言葉に嘘偽りは無い、そう感じた。
千鶴「薫……私は新選組と一緒に行くよ。戦場で果てるかもしれない、でも最期まであなたの事忘れない。戦いが終わったら、一緒に考えよう、私達の事、雪村家の事、東だけじゃなく西や京の鬼達のことも」
薫「ちづる……ごめん……」
薫は俯き、地面を見つめていた。家族の命が奪われた地。その赤茶色の土を見て薫は何を思っているのだろう。私には分からない。でも、薫がもう敵意を持っていない事だけは感じ取る事が出来た。

 



 

帰り道、私達はなかなか会話のきっかけが掴めずにいた。
その沈黙の中、山崎さんは申し訳なさそうに口を開いた。
山崎「君には見られたくなかった……」
相手の首に糸を絡め、殺す……それが手段を選ばない監察のやり方なのだと。私には知られたくなかったと、そんな表情をしていた。

千鶴「前にも言ったではありませんか、隠し事はなしだって。監察と言う仕事がどれだけ大変で、やりたくないような仕事も引き受けていること、私も少なからず理解しているつもりです。それを見せられても私は幻滅なんかしません。それに……薫を助けて下さってありがとうございました」
山崎「そうか……。さて君は走る余裕はあるかい?南雲薫の言っていた事が本当であるのなら、仙台城が危ない」
千鶴「はい、大丈夫です。急いで戻りましょう」

 

 

薫をしゃべり出させたら止まらなくなってしまった……本編より酷いキャラになってしまったかもしれません。本当に申し訳ないです。でも楽しかったです(コラ)
ゲームをやると、雪村の地は会津から少し離れた所だと推定できるのですが、話の都合上、山崎ルートでは仙台から少し離れた所にさせていただきました(苦笑)
あと、鬼神の早さで走る薫になぜ山崎さんが追いついたかというと、羅刹の力を使って走ったからです。
本来は戦う時まで温存するべきなんでしょうけど、間に合わなかったら意味がないですからね。という言い訳。
……こんな話で良かったのだろうか?

純粋な戦いでは、山崎さんは組長達には勝てません。当然、鬼にも勝てません。
剣でかっこよく守るのではなく、勝つために手段を選ばない。そんな汚い所まで受け入れてこそ愛だよな~と思い、こんな話になりました。
監察方・山崎さんらしさを出せたエピソードになってるといいな……!

ちなみに、今回の山崎VS薫を書くにあたって、山崎さんの洋装姿を考えました。その産物が、薄桜鬼部屋にこっそり置いてあるイラストなんですが。服のあちこちに暗器と医療器具が隠されてるよ設定!忍装束より動きにくそうだけど、物の隠し場所には困らなそうです(笑)
 

 

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