第八章「幾千の絆」 其の四

 

 

 

数刻の後、私達は仙台城にたどり着いた。まず目に入ったのは門の警備をしていた者が倒れていた光景だった。
城の中に入ると、廊下にはおびただしい数の死体が転がっていた。
中には見知った顔の人もいた。あれは……新選組の羅刹隊だ……

大広間から声が聞こえる。一つは怒気をはらんだ声、一つは冷静でそれでいて力強い声。
この声は土方さんと山南さん……?
私達は急いで大広間へと駆けた。
土方「山南さん、アンタ……」
山南「これからは羅刹の時代です。君達人間ではもうどうすることもできない」
山崎「土方さん!藤堂さん!」
山南「おやおや、これは随分とお早い到着で。薫君は足止めにもならなかったようですね」
千鶴「山南さん、何故あなたがここに?」
流山で姿を消した山南さんが確かにそこにいた。
山南「ああ、雪村君。私だけじゃないですよ、君もよく知ってる方がもう一人いらっしゃいますよ」
綱道「千鶴……」
千鶴「父様……」



薫が言っていたことは本当だった。父様達は昼も動ける新型羅刹、五百人ほどの群をなし、仙台城に押し入った。
以前、土方さんは言っていた。城攻めには相手の三倍の兵力がいると。たった五百人で城の中枢部まで占拠できたのは羅刹の力故だろう。

山南「これからは鬼と羅刹がこの日の本を守る。その為に私は研究を続け、そして綱道さんの居場所を突き止め、さらに研究を重ねた結果がこの新型羅刹達。昼間も行動できる最高の羅刹です。羅刹の前に人間など敵でもない」
平助「それは間違ってる、山南さん。羅刹はこれ以上増やすべきじゃない。山南さん、アンタだって散々羅刹の苦しみに耐え抜いてきたんだろ!?それなのに五百人近くの人間を羅刹に……」
山南「それはあなたが旧型の羅刹だからですよ。君も飲みますか?新しい変若水」
平助「ふざけないでくれ!」
平助君はわなわなと握った拳を震わせていた。

土方「山南さん、アンタは敵に内通していた。『局ヲ脱スルヲ不許』。つまり、局中法度を犯すってことか?」
山南「局中法度。そんなものもありましたね……」

土方「山南さん、もう一度聞く。アンタの目的はなんだ」
山南「……そんなこと、聡明な土方君なら分かっているでしょう?」
土方「……ああ」
土方さんは悟ったように伏し目がちに返事をした。


千鶴「父様。本当に羅刹と鬼の国をつくろうとしているの!?」
綱道「ああ、もちろんだとも。その為に私は研究を続けてきたのだから」
千鶴「でも!薫もこんなこと間違ってるって気づいてくれた!やめて下さい、お願いです!」

綱道「私の育て方が悪かったのだろうか。お前はもっと純粋な娘だと思っていたのに。新選組なんかに関わったばっかりに……」
千鶴「新選組なんか……?」
土方「おうおう、言ってくれるじゃねぇーか、綱道さんよぉ。もう覚悟は出来てるな?」
綱道「所詮、人間は私達には勝てませんよ、そうだろう山南君」
山南「全くその通りですね」
山南さんの口元には笑みが零れていた。

土方「……分かった。ならこっちから行かせてもらうぜ!」
土方さんの言葉と同時に皆走り出した。
土方「山崎!頼んだぞ!」
山崎「はい!」

千鶴「え?山崎さん?っひゃ!」

急に視界が闇に覆われ、目には冷たい感触がする。
山崎「すまない、これを君に見せるわけにはいかない。耳を塞げないのは許してくれ……」
千鶴「何を……?」
視界を奪われた私には、刀で肉が千切れる音、そして断末魔が聞こえてくる。何度も戦場に出てきた私にはもう聞き慣れてしまったこの音。視界を奪われ、今更ながらこの音に恐怖心を抱かない自分が恐ろしくなった。

土方「山南さん、行くぜ!」
山南「ええ」
平助「なんだよ、そーゆーことならさっさと言ってくれよ!」
綱道「な、何を……山南君……?」
山南「『新たな鬼の国の拠点にする仙台城を落とす為に、新型羅刹の全てを人員として裂いて下さい』……本当に全て連れてきてくれたようでなによりです」
綱道「山南!貴様私を囮に使ったのか!」
山南「騙し討ちもなんでも有りなのですよ、新選組は。卑怯で結構。これが壬生狼、人斬り集団と呼ばれる所以でしょうかね」
平助「やっぱ山南さんは怖ぇーな」
土方「ああ」

千鶴「……山崎さん。手を退けて下さい」
山崎「雪村君!?」
千鶴「父を止めるために殺めるのでしょう?私と父様に血のつながりは無いかもしれない、でも私を育ててくれたのはあの父様です。……大切な人の最期を見せて下さい」
山崎「やめておいた方がいい。君が想像する以上に酷い惨状だ」
千鶴「それでも!もう目を背くのは嫌なんです!お願いします!」
山崎「……本当にいいんだな?」
千鶴「お願いします」

視界に光が差し込む。最初は目が眩んで何も見えない。しかし目が慣れた時、視界に入ったのは、まさに山南さんの刀で胸を貫かれようとする父様の姿だった

千鶴「父様……!」
綱道「ちづ……る…」
胸から刀が抜かれると父様はそのまま前のめりに倒れた。

私は急いで駆け寄り父様の手を握る。
千鶴「父様はお医者様じゃない。今までたくさんの人間の方を救って来て下さったではありませんか。私の頭を優しく撫でてくれたではありませんか。……なのに、どうして……?どうしてなの父様……」
綱道「私も仕方がないと思っていた。今更、鬼の国などと、復讐だのと考えても無駄だと分かっていた。だが、幕府から変若水の研究を命ぜられてから私の考えは変わってしまった……あれは飲んだ者も関わった者も全てを狂わす薬だ……」
うんうん、と私は涙を流しながら父様の言葉に頷いていた。

綱道「私は何かに憑かれていたのかもしれないな。胸を貫かれた今だから思える。私はただ、お前が幸せになってくれればよかったんだ……」
千鶴「父様……」
綱道「千鶴、お前は幸せになりなさい……」
握っていた手が急に重く感じる。父様の力が完全に抜け、目を瞑ったからだ。
千鶴「父様……父様……!」
父様の身体を必死に揺らす。しかし父様の目が再び開く事は無かった。

山南「雪村君。私は貴女のお父上を殺した身。私を恨んで下さい」
父様の亡骸にしがみ付く私の後ろで山南さんの言葉が聞こえた。
私は首を横に振りながらこう告げた。
千鶴「山南さんは新選組の裏切り者という汚れ役を引き受けてまで父様を止めてくれた方です。恨めません……」
山南「そうですか……」
後ろから聞こえてくる声はとても弱々しかった。

平助「やっぱ、そろそろ限界だったか」

平助君のため息交じりの声も聞こえて、さすがに異変に気付いた私は後ろを振り向いた。
千鶴「平助君?山南さん!?」

二人は横たわっていた。
平助「寿命だよ。羅刹の力を使えば寿命も縮まるんだってさ、まったく参っちまうぜ……」
千鶴「やだ!やだよ平助君!なんで!」
平助「でもさ、俺、本当は油小路で死んでたんだよ。あれから1年も経つんだな。この1年間、辛いこともあったけど、……やっぱ生きてて楽しかった。もう十分だ」
平助君の表情は決して明るくはないものの、何か充実感に溢れている、そんな感じがした。

山南「私が流山の陣から抜け出す際、新政府軍に見咎められたが故に、結果的に近藤さんが捕縛されてしまった、本当に申し訳ない」
土方「そんなこったろうとは思ってたよ……」
山南「しかしこれで敵方の羅刹はいなくなりました。我ら新選組の羅刹もあとほんの数名しかいない。新しく作り出すこともできない」
土方「ああ」
山南「土方君、迷わず行きなさい。そこで新選組の誠の御旗を立てて下さい」
土方「……新選組は止まらねぇ。止まらせねぇ。最期まで戦いきって、俺達の筋を通してやる」
山南「では、頼みましたよ、土方君」

平助「山崎君。俺達は先にいくけど、君はもっと長居していいんだぜ。君が来ると総司もうるさそうだし」
山崎「……そうかもしれませんね。沖田さんに伝えて下さい、俺はそう簡単にそっちには行かないと」
平助「よく伝えておくよ……」
千鶴「平助君!!」
平助「千鶴……ありがと……楽……しかっ……た……」
その言葉を最後に、土方さんに握られた二人の手は、灰となり、土方さんの掌に積もった。

千鶴「…平助君、山南さん……父様……」
自らが望んで見た光景。覚悟はしていた光景。でも涙は止まってくれない。
そんな私を山崎さんは心配そうに見つめていた。
山崎「立てるか?」
山崎さんが手を伸ばしてくれる。私は少し迷ったものの、その手を取り立ち上がった。
土方「俺達は負けてねぇ。負けられねぇ。山南さん達の死を無駄にしない為には戦い続けるしかねぇーよ」
それは私達に掛けられた言葉ではなく、まるで自分に言い聞かせているように思えた。

 


今回は土方ルートチックに。
というのも、そもそも山崎ルートは「土方ルートから派生したルート」というつもりで書いていました。
それがいつの間にか壮大化して、一章から練ってしまうに至ったのですが……
ベースが土方ルートなので、このシーンは外せませんでした(苦笑)
ただ、原作では土方さんと平助が仙台城に乗り込んだという形でしたが、原作と全く同じではつまらないっということで、山南さんと綱道さんが新型羅刹隊を使い仙台城に乗り込むっという形にしてみました。

ちなみに、裏設定ですが、
普通の新選組隊士は仙台の巡回担当だったので、この騒動を知りません。
仙台城を守っていたのが新選組羅刹という設定です。
仙台城に攻め入った新型羅刹によって新選組羅刹はほぼ全滅(昼間の襲撃だったので)。
そして新型羅刹も土方さん、山南さん、平助によって滅ぼされました。
千鶴パピーも亡くなり、これで新しく羅刹を生み出す事もできなくなりました!っというオチです。無理矢理ですが、そんなオチです。すみません。
 

 

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