第八章「幾千の絆」 其の五

 

 

 

仙台の一件が片付くや否や、私達は仙台城を追い出された。
仙台藩としても新政府軍からの圧力に耐えるのも限界だったのだろう。
榎本さん、大鳥さん達を交えた合議の結果、幕府軍は蝦夷に進軍する事が決まった。

千鶴「松本先生!」
松本「千鶴君、久しぶりだ。よく無事に……」
松本良順先生は、幕府軍の医師として従軍していた。
私の無事な姿を見て、先生は目に涙を浮かべた。

千鶴「先生こそ、ご無事で何よりです」
松本「君も山崎君と一緒に、救護に当たってくれたそうだね」
千鶴「私はお手伝いしかできませんが、先生の下で学んだ事がとても役立っています。本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。

松本「土方君や島田君から綱道さんの事を聞いた。……君も辛かったろう」
千鶴「はい、でも今はここに、新選組に私の居場所があります。辛くはありますが、寂しくはないです」
松本「新選組に……」
千鶴「先生?」
松本「あ、いや、何でもない。ただ、君も色々困る事があるだろう。実は仙台には私の知り合いの医師がいてな。何かあったらその人を訪ねるといい。私も出来る限り、君の力になろう」
千鶴「お気遣い、ありがとうございます」

松本「……幕府軍は蝦夷に向かうようだが、君は……?」
千鶴「もちろん同行します。もう帰る家もありませんし、それに私にも新選組の為に出来る事があると思うので」
松本「そうか。君の決意は固そうだね。……土方君、すまねぇーな」
千鶴「え?今、何かおっしゃられましたか?」

よく聞き取れなかったが、土方という言葉が聞こえたような?土方さんがどうかしたのだろうか?

松本「いや、すまない、独り言だ。歳をとるとついつい独り言が出ちまうからいけねぇーな」
松本先生は自嘲するように苦笑いをした。

そこに幕兵の軍服を纏った兵士が走ってきた。
兵士「松本先生!病状が急変した者がいます。至急、診察をお願いします」
松本「分かった、すぐ向かう!……じゃあ、千鶴君、くれぐれも命を投げ出したりするんじゃないぞ?医者は人を救うために生きなきゃいけないんだからな」
千鶴「はい!」
先生はそう言い残すと、兵士とともに急患の元へと走って行った。


土方「山崎、話がある」

松本先生との別れ、私が陣に戻ろうとした時、土方さんと山崎さんが隠れるように木陰に入って行くのが見えた。
私はいけない事だと思いながらも木陰に近づき、聞き耳を立てた。

土方「お前を蝦夷に同行させるつもりはない」
山崎「何故ですか!?」
山崎さんの驚きを含んだ声が木霊する。

土方「今度の戦場はもう後退できない。事実上最終決戦地って奴だ。そんな所に千鶴を連れていくつもりか?」
山崎「彼女を連れて行くつもりは俺もありません。俺だけ蝦夷に行きます。彼女は元々新選組の隊士ではありません。最後まで付き合う必要はない。むしろここまで連れてきてしまった事が間違っていると。彼女はもう新選組に縛られる必要はない。解放されるべきです」
山崎さんの言葉を聞き、一息ついてから土方さんは言葉を続ける。

土方「俺は言わなかったか?お前の任務は何だ。千鶴を守ることだろう。これは新選組の意地だ。それに、アイツはこれからも鬼に狙われる。お前はそれを許すのか?」
山崎「ですが……」
土方「山崎。千鶴の気持ちも考えてやれ。アイツがどうしてここまで付いてきたのか。その理由、お前はまだ気づいていないのか?そんなわけねぇーよな?」
山崎「それは……」

それ以上、黙って聞いている事は耐えられなかった。

千鶴「土方さんと山崎さんは間違っています!」
山崎「雪村君!?聞いていたのか!?」

この話を聞かれていた事。そして気配に敏いはずなのに私に気づかなかった事。今、山崎さんはとても驚いているのだろう。顔の表情からそのような動揺が伝わってくる。
千鶴「私も蝦夷に行きます!」
そんな動揺も私の発した言葉を受け、山崎さんはいつもの険しい表情を見せ、怒鳴るように大声を出した。

山崎「馬鹿なことを言うものではない!鬼のことはあるが、それはいくらでも対処できる。君をこれ以上危険な場所に連れて行けない!」
千鶴「嫌です、ついて行きます!」
山崎「なっ……」
千鶴「土方さんも土方さんです!私の気持ちを考えろとか、守るとか、新選組の意地だとか……こんなの……結局、私の気持ちなんて関係なくて……土方さんの自己満足じゃありませんか!」
土方「うっ……」

私は山崎さんの正面に向き直る。
千鶴「私は山崎さんと一緒にいたい。でもそれ以上に、貴方に後悔してほしくないんです。山崎さんは蝦夷に行くべきです。私も付いていきます!」
山崎「雪村君!」
千鶴「斎藤さんは山崎さんに言っていました、土方さんを頼むって。そして沖田さんが私に言って下さりました、山崎さんをよろしく、と。だから、山崎さんが土方さんの為に戦うなら、私も戦います。この場にいない二人の為にもこの思いは引けません!」
私は頭に血が上った状態でそう言い放った。すぐには返す言葉が見つからなかったのか、暫しの沈黙が流れた。

土方「ハァ……これだから江戸の女は頑固で苦手なんだ」
土方さんはため息混じりにそう呟いた。それは何か観念したかのような声だった。
そして、「松本先生も、もう少し時間を……」と小さく呟いていた。

土方「わかった。俺達はこれから松前藩を陥落させ、新政府軍を向かい討つ地盤をつくるつもりだ。陥落させるのは容易じゃねぇ。そんなところでお前達に彷徨かれても迷惑にしかならない。……少し待て、地盤が整ったらお前達を蝦夷に呼んでやる」
山崎「土方さん……」
土方「ただし、蝦夷に来るなら死地になることを覚悟しておけ。思う存分こき使ってやるよ。いいな」
山崎さんの視線が私をとらえている。彼の心はもう決まっているはず。あとは私の答えを待つだけなんだ。
千鶴「はい!ありがとうございます!」

その答えに土方さんは半ば呆れたような笑みを浮かべるだけだった。
そしてこの場を去ろうとする土方さんを私は引きとめた。

千鶴「……あの!先程は失礼な事を言って申し訳ありませんでした!」

私は深々と頭を下げた。
いくら頭に血が上っていたとはいえ、局長に対して「自己満足」なんて言ってしまったのだ。冷静になればなるほど、どれほど自分が失礼極まりない事を言ったのか気づき、謝っても謝りきれない気持ちになった。

土方「言っただろ?思う存分こき使ってやるって。謝るくらいなら、その分、新選組の為に働いてみせろ」
千鶴「はい!」
土方「それと、山崎」
山崎「はい」
土方さんは近くに寄れと山崎さんに合図を出した。
土方「お前も少しは素直になれよ?」
山崎「……?」
土方「お前は真面目すぎるんだよ。そんなだと隣にいる奴が疲れちまうぜ?」
山崎「そう……かもしれませんね……」
土方「ここ数年、お前は走りっぱなしだったんだ。少しの間、休んどけ。俺は負けるつもりはねぇ。勝ち続ける為に戦う。俺もお前の力は当てにしてんだ。だから今はゆっくり休め」
山崎「了解しました」
土方「……本当に分かってんのかねぇ……」

 

明治元年10月12日、新選組を乗せた艦は蝦夷へと出帆した。

 

 

 

「土方さんと山崎さんは間違っています!」
山崎ルートを考えてみようと思い、まず思い浮かんだのがこのシーンでした。
このセリフを言わせるために今まで試行錯誤してきました。
ちなみに、「この場にいない二人の為にもこの思いは引けません!」は割と最近考え付いたセリフです。
途中で別れた仲間の思いも背負っているっというのを書きたいなーと思い、急遽沖田さんの夢を入れてみたり(笑)
うーん、ここまで沖田さん斎藤さん引っ張るなら、原田さんにもなんか出番作れば良かったな……今更ながら反省。
最初は、山崎さん視点の土方ルートっぐらいのノリで作ってたので。「江戸の女」云々は土方ルートの肝!・・・・・うん、色々書きなおしたいよ!
 

 

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