第九章「終わりゆく大地、始まる大地」 其の壱

 

 

 

それから、土方さんからの連絡を待つ日々が続いていた。

 

山崎「雪村君。先生から本をお借りしてきた。今日は薬草について学ぼう」
千鶴「はい」

私達は松本先生の知り合いの家に匿ってもらうことになった。
この家の主も蘭方医の方で、家にはたくさんの医学の書物が置いてあった。
私達は、時間を見つけては書物を読み漁っていた。少しでも新選組のみんなの為になれるように。

山崎「いざという時、腹痛で戦えないという状況は好ましくないからな。池田屋の時も半数の隊士が腹を壊して寝込んでいた」
千鶴「そうでしたね。それにしても池田屋事件ですか。こんなこと、不謹慎なのかもしれませんが、なんか懐かしいですね」
山崎「そうだな。あれは君が屯所に来て間もない頃だったか?」
千鶴「新選組にお世話になって半年ぐらいの頃です。あの日は、初めて外出許可を頂けて、父様捜しを張りきりすぎてしまって……私が山崎さんの任務を邪魔してしまったんですよね。あの時はすみませんでした」
山崎「結果として浪士を捕縛することができ、奴らの計画実行を阻止できたんだ。気にする事じゃないさ」

千鶴「山南さんに伝令役を頼まれて、山崎さんと一緒に夜の街を走って、土方さん達の所へ無我夢中で駆けて、原田さんと池田屋の裏口を見張って、中から声が聞こえたから思わず中に飛び込んでしまって、危ない所を永倉さんに助けてもらって、……私にとって凄い一日でした」
山崎「君はあの頃から、どこか肝が据わっている所があったな。普通、中から声がしたからといって戦場に自ら足を踏み入れる女子はいないさ」

千鶴「あの……それは褒めてい下さっているのですか?」
山崎「え?もちろんそうだが」
千鶴「その……あまり嬉しくないです」
山崎「あ、すまない。だが、君の気丈な所、俺は好きだが」
千鶴「え?」
その言葉に思わず顔を赤らめてしまう。慌てて下を向き、火照った顔を隠す。
山崎「うん?」
その様子に山崎さんは不思議そうな表情を浮かべている。そして少し間が開き、何かに気付いたのか今度は山崎さんが慌てはじめた。

山崎「あ、今のは、その、なんだ……不甲斐ない俺ではあるが、こうして新選組の一員として戦い続けることができたのは、君のお陰だと思っている。君がいなければ、伏見で、会津で、道半ばで果てていたかもしれない。俺にとって君は、特別な存在だ」
千鶴「私も、山崎さんにはたくさん助けて頂きました。不安なことがあっても掻き消してくれて……不甲斐なくなんかありません。護衛役が山崎さんで本当に良かったです」
山崎「ありがとう、雪村君……」

私が顔を上げると、山崎さんの真剣な瞳と眼が合ってしまって。
お互い気恥しくなって、双方逆方向に顔を背けてしまった。
そういえば、私達は勉強していたはずなのに、いつの間にこんなに話し込んでしまったのか。気づけば先程より日が下がっている気がする。

千鶴「あ、そろそろ洗濯物を取り込まないと!」
山崎「そうだな。早く取り込まねばせっかく乾かしたものが萎れてしまうな。俺も手伝おう」
千鶴「いえ、山崎さんのお手を煩わせるお仕事じゃないですし。せっかく先生から本をお借りしたのに私が話しかけてしまって今日はほとんど読めませんでした。山崎さんはここで休んでいて下さい」
そう言うと、私は逃げるように庭に向かった。

+++


家人「千鶴ちゃん、いつもごめんなさいね。家事を手伝わせちゃって」
私は庭先で居候先の奥さんと一緒に洗濯物を取り込んでいた。

千鶴「いえ、こちらがお邪魔させて頂いているんです。こんなことしか出来なくて申し訳ないです」
家人「そんなこと気にしないで!診療所の方が忙しいと私も『あの人』の手伝いをしなくちゃいけないから、ついつい夕餉が遅くなってしまっていたのだけど、千鶴ちゃんが手伝ってくれるお陰で、あの人にもちゃんとしたものを食べさせられるのよ」
千鶴「ありがとうございます」


奥さんはとても優しい方で、私達にとても良くしてくれている。
昨年、私と同じぐらいの歳の娘さんが嫁いでいかれたそうで、私のことを娘のように心配してくれる。

家人「それにしても、千鶴ちゃんは女の子だし、まだ当分の間はここにいるんでしょ?ならわざわざ男装することないんじゃないの?」

戦場を離れた私だが、未だに男装を続けていた。
『情勢は芳しくなく、ここもいつ戦いになるかわからない。女人の格好ではその小太刀は持てない。それに色々この辺りは物騒だから』
山崎さんが言うには、今までの格好が望ましいということだった。
最初は履き慣れなかった袴だが、もう何年も着ていれば不便さも感じない。確かに一理あるなと思い、今日もいつもの着物に袖を通していた。

千鶴「何があるか分かりませんし、それにもう5年近くこの格好をしているんです。もう不便さも感じないですし、仕事をするにも動きやすいんですよ」
家人「そう。せっかくの別嬪さんなのに、勿体ないわ」
千鶴「それに、山崎さんも男装のままの方が安全だと仰っていましたし」

家人「ねぇねぇその山崎さん。千鶴ちゃんとはどーゆー関係なのかしら?」
千鶴「え!?あの、山崎さんは私の護衛役の隊士さんで……関係とかそーゆーのは……」
家人「でも千鶴ちゃんは山崎さんの事、好きなんでしょ?」
千鶴「えええ!?あの、その、そんなこと……!」
家人「いいじゃない、女同士の秘密のお話よ。だってあなたずっと新選組にいたのでしょ?なら恋の話なんてなかなかできなかったんじゃない?」
千鶴「こ、恋なんて……!それに山崎さんはそんな……」
家人「あらあら自分では気づいていないのね。でも山崎さんを前にしている時や、彼の話をしている時の千鶴ちゃんはとても可愛らしいわよ?好きでなきゃあんな目を輝かせてその人を見ることなんてできないわよ。もちろん彼の方もね」
私はとにかく恥ずかしくて、顔が上げられなくなった。


家人「そうだ!これからはお互い下の名前で呼び合ったらどうかしら?えっと、山崎さんの下の名前は……烝さんでしたっけ?」
千鶴「烝さん!?そ、そんな今更、……できません!」
その言葉に私は反射的に顔を上げた。しかし表情はもはや半泣きに近い状態だった。
家人「でもさすがに『雪村君』じゃ寂しいじゃない。服装は変えられなくても、呼び方ぐらいは女の子らしくてもいいじゃない。千鶴ちゃんだってそっちの方が嬉しいでしょ?ね?」
千鶴「……はい」
家人「なら思い切って頼んでみなさい!名前で呼び合えるなんて初々しいじゃない。私達はもう恥ずかしくて呼べないもの」
千鶴「そーゆーものなんですか?」
家人「まぁね。それより、丁度、明後日からあの人の出張に私も付いて行くから家を開けることになるし。二人しかいないんだから、遠慮せずこの家を使ってちょうだい」
千鶴「ええええええ……!」



2日後―――
旦那さんと奥さんの二人は朝から出張に出かけた。
私は今日も男装に身を窶す。だが、着替えながらふと思う。
山崎さんは服装について、どうしてあそこまで頑なな態度だったのだろう。
その理由を思い浮かべると、自惚れた自分の考えに顔と耳が真っ赤になってしまう。
さらにこの自惚れた思考は、彼の気持ちを知りたい、彼を困らせてみたい。そんな不純な考えを巡らせる。

千鶴「山崎さん、夕餉の支度ができました」
山崎「すまない」

夕餉時、私は意を決して、山崎さんにその自惚れた想いを口に出してみた。
千鶴「山崎さん」
山崎「どうした雪村君、改まったような顔をして」
お椀に伸びていた手を止め、こちらを訝しげに見つめる。
千鶴「その……突然このようなことを言うのはどうかと思うのですが……」
山崎「うん?」
千鶴「これからはお名前の方で呼んでも良いでしょうか?」
山崎「な、なんのことだ?」
ついに言ってしまった。山崎さんも想定外の話だったようで、目を見開いている。
でも私は言ってしまったのだ。もう後戻りはできない。このまま、言葉の真意を伝えなくては。

千鶴「烝さん、とお呼びしたいんです」
山崎「え、すす?あ、え、ゆ、雪村…君?」
千鶴「私のことも!千鶴と呼んでください。……もう何年もこの袴姿なのですよ。『雪村君』では私はいつまで経っても女に戻れない気がして……駄目ですか?」
山崎「そ、あ、いや、その、駄目とかそのような話ではなくて、その……」
山崎さんは動揺していた。監察方として常に表情を殺し、任務を遂行してきた彼が顔を真っ赤にして声を震わせている。

山崎「か、構わないが、何故、そん……雪村君?」
千鶴「烝さん」
山崎「あ、いや、その、ち、千鶴……?」
憧れた人の、憧れた声で自分の名を呼んでくれた。いつまでも呼ばれていたい響き。
私はこの嬉しさを隠すことは出来ず、満面の笑みで「はい」と答えた。

 

こうして穏やかな毎日が過ぎて行く……
転戦を繰り返してきた私達にとっては、これまでにあったことの心の整理ができる貴重な時間だった。

+++

明治元年師走。
蝦夷の土方さんから手紙が届いた
山崎「4日後、フランスの商船に乗れとのことだ」
千鶴「やっと蝦夷に行けるんですね」

山崎「……ああ。君は本当にいいのか?蝦夷に行ったらもう逃げ場はないんだ」
千鶴「私は烝さんに付いて行きたい、ただそれだけです」
山崎「だが……」
千鶴「それに、烝さん、鳥羽伏見の戦いが始まる前、おっしゃっていましたよね。仲間を傷つけたくないから自ら危険な場所に真っ先に行くのだと。その言葉を聞いて、烝さんは仲間を、新選組の皆さんを大切に思っているんだって知ることが出来たんです」

山崎「俺が身勝手なせいで……君を危険に晒さなくてはいけないのか?本当にろくでもない男だな、俺は」
千鶴「身勝手なのは私も同じです。私達、身勝手者同士ですね!」
山崎「そうなのかもしれないな」
私が笑顔でそう言うと、山崎さんが小さく笑った。


山崎「本当にいいんだな?蝦夷に、俺に付いてきてもらって」
千鶴「もちろんです」

しばらく沈黙が続き、私達は互いの瞳を覗き込む。
そして徐々にその瞳との距離が狭まれ、互いに瞳を閉じ、唇を重ねた。

 


やっとチュー来ました!長い!長かった!
・・・と思ったけど、土方さんもキス解禁は箱館でしたね(笑)
そしてついに「千鶴」呼び解禁―!
この時を待ってました。今までずーーーと「雪村君」呼びだったので。
「最後の最後で千鶴呼びを解禁させるんだ!」とニヤニヤしながらここまで書いてきました。
書いてて超恥ずかしかった。UPするまでに時間が開いたのはこのせいです(笑)
そして書き終わってから、「やべぇw随想録の某ルートと被ってるw」と思いました。立場は逆ですが。……まぁ、名前解禁はやっぱ萌えシチュですから。ベタな展開ですから。もう気にしても仕方ないと思ってやっちゃいました。
いいんだよ、沖田ルートでも同じようなシーンがあるはずなんだから!描かれてないだけなんだよ!(笑)
絶対、名前呼ばせるために千鶴ちゃんに意地悪してるんだろうな!誰かそんな沖千書いて!(笑)
原田さんなんか、ルートの途中で名前呼び変化だからね!あれはねw新八っつぁんマジカワイソスw

次回からいよいよ蝦夷編です。
土方さんキャラ崩壊注意!大鳥さんは通常運転です(爆)
 

業務(?)連絡 (2011/1/14)
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