第九章「終わりゆく大地、始まる大地」 其の四

 

 

 

雪が解け始めた頃、ついに新政府軍は蝦夷へと進軍を始めた。
私は土方さんが指揮する部隊と一緒に、二股口という所で敵を向かい討つこととなった。

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千鶴「土方局長!あの、何か私にできること、ありませんか!?」
土方「はぁ……」
土方さんは深いため息を吐いた。

土方「お前も少しは落ち着けって。そりゃ索敵任務ってのは危険が伴うが、山崎なら問題ないさ。あいつは新選組一の監察方だからな」
千鶴「あ、えっと、私も皆さんのお役に立ちたいだけで、別に山崎さんは関係ないです……」
土方さんはまたため息を吐く。どうやら私の吐く嘘はお見通しのようだ。
索敵任務……敵の動向を探る任務は、いつそこが戦闘の最前線になってもおかしくない任務なのだ。心配でたまらない。


土方「これは山崎が自ら志願した任務だ。本人も言ってたが、体の方も調子がいいみたいじゃねぇーか。傍から見てもこっちに来てからは顔色も良くなってるだろ」
千鶴「はい……でもやっぱり心配で……」
土方「以前は自分の体調も考えず無茶ばかりしてやがったから監察から外したが、今のアイツなら自分の限界も理解しているはずだ。だからお前もアイツを少しは信用してやれ」
そう言い終わると土方さんの眼光が鋭くなる。
土方「それにな、ここが正念場なんだよ、俺達が勝てるかどうか、のな。この正念場を乗り切る為には、絶対的に頼りになる奴にしか任せられねぇ。山崎はそれに足る奴だ」
千鶴「はい……私も山崎さんを信じます」
土方「そうしてやってくれ」
土方さんはポンポンと私の肩を軽く叩いた。


土方「大丈夫だ。お前がいる限り山崎は必ず帰ってくるさ。何せアイツはお前にベタ惚れだからな」
千鶴「そんなことは……」
土方「たとえ地獄の底からでも帰ってくるだろうよ。……たく、お前等を見てるとこっちが調子狂うぜ」
千鶴「あ、も、申し訳ありません!」
土方「……とりあえず、白湯だ」
千鶴「え?」
土方「大人しく待ってろと言っても待ってられる性質(タチ)じゃないだろ?」
千鶴「はい!すぐお持ちします!」
私は火元に駆けて行った。


その後、いよいよ蝦夷の地で新政府軍との戦いが始まったが、二股口の部隊は善戦した。しかし、もう一方の部隊が突破され、私達は撤退することとなった。

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土方さんの小姓である私は、執務室で書類整理を手伝っていた。
土方さんは箱館に戻ってきてから、寝る間も惜しんで働いていた。
私にできることはとても少ない。それを悔しいと思ってしまう私は、戦うということに慣れきってしまったのだろうか。
とにかく私ができることをしよう。私はお茶を淹れるために執務室を離れた。

山崎「土方さん。……どうやら蝦夷にも鬼がきているようです」
土方「風間か」
山崎「おそらく」
土方「女鬼という理由だけでまさかここまで追って来るとはな。鬼さんてのは暇なんかね」
山崎「未だ新政府軍に従事しているのか、鬼独自の目的があるのか。彼らの目的は図りかねますが……」
土方「とりあえず風間は俺の事が憎くて仕方ないらしいからな。ここに千鶴がいるとなればこの五稜郭に真っ先にやってくるだろうよ」
山崎「……」

土方「だが、狙いが明白な分、こっちも戦いやすいわけだ。西洋の近代要塞を真似たとかいうこの五稜郭は難攻不落。ここに風間が乗り込んでくるってんなら俺が相手してやるさ。今度こそ決着つけてやるよ。だからお前は、千鶴を守る事に専念しろ」
山崎「え?」
土方「確かに、武士らしく刀を交えて大切なもんを守るのはかっこいいもんだぜ。でもよ、何も刀を交えるだけが女を守る術じゃねぇーだろ?女ってのは、武勲よりもそいつが無事に帰ってくることを願ってるんだからよ。……まぁ、生憎、俺にはそんな選択、できそうにないがな」
山崎「土方さん……」
土方「とりあえず、新政府軍の動きと、鬼については引き続き調査を頼む。ここが正念場だからな」
山崎「了解しました」

 

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島田「山崎君!」
山崎「久々だな、島田君」
私達は土方さんと共に、新選組の張る陣に来ていた。
山崎「それにしてもこの弁天台場、凄い装備だな」
島田「ええ、あの高い山が箱館山。あれが背中を守ってくれます。あとはこの台場から新政府軍を一網打尽にするのみです!まさに要塞の街です。今度こそ新政府軍を後退させられるだけの戦力が揃いました」
島田「山崎君はどこで戦われるのですか?」
山崎「俺達は副長の補佐ということになっている。多分奉行所守護になると思う」
島田「そうですか。一緒に戦えないのは残念ですが、我々新選組の力、新政府軍に見せつけてやりましょう!」
山崎「そうだな」
久々の戦友との再会だからか、烝さんの表情はとても生き生きとしていたものだった。

 

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そして5月10日を迎えた。

土方「明日、新政府軍の奴らが攻め入ってくるはずだ」
千鶴「明日……」

夕刻時、土方さんの部屋に招かれた私達はそう聞かされた。私達と言っても、烝さんは既にそのことを知っているようだった。
新政府軍はすぐそこまで迫っていた。いつ戦端が開かれるか分からない緊迫した日が続いていたが、ついに5月11日総攻撃を開始するとの情報を掴んだのだ。
幹部のみなさんは今晩酒宴を開くそうだ。別れの盃を交わすのだ……


酒宴に参加しない私達は、一足先に部屋に戻っていた。
千鶴「明日……なんですね……」

今度の戦場はもう後退できない。事実上最終決戦地って奴だ―――

いつかこんな日が来ることは分かっていた。理解していた。それでも、今までが幸せすぎたのかな、そんな言葉をつぶやいてしまった。
烝さんは私を気遣わしげにみつめていた。
山崎「やはり怖いか?」
千鶴「そ、そんなことありません、全てを覚悟してここまで来ました」
そう言うと、フッと私の手と烝さんの手が重なる。
山崎「こんなに震えているじゃないか。強がらなくていい、……俺だって正直にいえば怖いと思っているんだから」
千鶴「烝さん……」
山崎「本来、女子に戦う決意などさせること自体、間違っているのに……」
千鶴「でも私は女子である前に、新選組の一員だと思っています。だから全然間違った事じゃないんです」
山崎「俺はこれまで戦うことを、死ぬことを怖いと思ったことは無かった。でも、もし君を失うかと思うと……怖くて怖くてたまらないんだ」
気がつくと山崎さんの瞳は潤んでいた。
山崎「千鶴……」
千鶴「私はここにいます。烝さんのお傍にいます」

山崎「千鶴。こんなことを聞くのは無粋だとは思うが、一つ聞いてもいいか?」
千鶴「はい」
何を言われるのだろう。私は見当がつかなく思わず身構えてしまう。
山崎「どうして君は俺の傍にいてくれたんだ?」
千鶴「………」
山崎「君と出会ってからのことを思い起こしていたんだ。……どうも君には俺の情けない所ばかり見られてしまった気がしてな」

俺がこうして生きていられるのも、鳥羽伏見の戦いで君が友軍の元へ走ってくれたからだ。君を守るどころか、戦場を一人で走らせてしまった。あの時、もし君の身に何か起きていれば、もちろん俺は今ここにいないだろうし、それ以上に君を守り切れなかった自分の無力さをずっと悔んでいただろうな。
そうだ、羅刹になり任務が全うできず自棄になっていた時も君が傍にいてくれたな。
俺は何度も君に救われてきた。俺にとって君はかけがえのない存在なんだ。戦場で戦うことしかできない俺がこんなにも満たされた気持ちでいられるのは君がいるからなんだ。
しかし、君にとって俺はどんな存在なのだろうか。
情けない話だと思うが、ずっと怖くて……聞けなかった―――

彼はそう言った。

私の頬を涙が伝う。彼の告白が嬉しくてたまらなかった。しかし涙の理由が分からない烝さんは、戸惑った表情をしている。
そんな様子がおかしくて、私は泣き笑い状態になってしまった。
千鶴「あ、ごめんなさい、笑ってしまって。ちょっと烝さんの戸惑っている表情が珍しくて。涙も決して悲しいから流してるんじゃありません!」

私は想いを紡ぐ言葉を続ける。
えっと、私がずっと烝さんの傍にいたいと思ったのはいつからなのか、私自身、実はよく分からないんです。でも、烝さんが銃弾を受けた時、絶対貴方を死なせたくないって心から思ったんです。あの時は、撃たれた烝さんが井上さんの姿と重なって見えてしまったから、もうあんな喪失感を味わいたくないからだと思っていました。でも今思えば、それだけじゃなかった気がするんです。
その前から、新選組のみんなの為に頑張ろうとする姿に惹かれていたんだと思います。
みんなを守る為に真っ先に駆けて行こうとしたり、負傷した隊士さんを一人でも多く救う為に医学も日々夜遅くまで真剣に勉強される姿を目にしたり、私が鬼だと知っても変わらず接してくれたり、色々な『山崎さん』を見つけるたびに、私は貴方のことが好きになって行った。そんな感じがするんです。

山崎「千鶴……」
千鶴「今の私があるのも貴方がいたからです。こんなにも心が満ち足りているのは烝さん、貴方がいるからです」
そう言い終わるより早く、私はきつく抱きしめられた。
千鶴「私は何も後悔していません。いいえ、むしろ私はとても幸せなんです。これ以上の選択肢なんてないんです!」

背中に感じるぬくもりに、痛いほどに力が込められる。
彼の胸にすっぽりと埋められていた顔を上げると、細く鋭いしかし優しい色を湛えた瞳が目の前にあった。
気がつけば、背中にあったぬくもりは両肩へと移っていた。
山崎「ありがとう」
そう微笑んだ直後、私の肩に激痛が走った。

山崎「うぐ………!」
千鶴「ぃっ……す、烝さん!?」
山崎「すまな……がぁっ!」

肩には指が食い込むように強く押し当てられていた。
烝さんはどうにか指を離そうとするも、苦しさから余計に力が増すばかりのようだ。
そうしていると髪から色素が抜けていった。
千鶴「今、傷をつけます、もう少し待て下さい」
蝦夷に来てからは、発作はほとんど起きていなかったのに。
指に刃を当て、うっすらと血の線ができる。すると私は烝さんに後ろから包み込まれた。
肩に顔を乗せ、苦しそうな息を吐く。
そして私の指を捕まえると、鮮血が滴る掌を舐め取った。

山崎「はは、俺は、最後まで君に頼って……情けないな」
いつもの黒髪に戻った烝さんは苦笑いを浮かべる。
千鶴「烝さんには新選組として戦う使命があります。これは私が貴方を信頼している事の証です」
山崎「俺は必ず君を守り抜く。君が俺を信じてくれた分、俺は君を守ることで返す」

 


 

……書いてて恥ずかしくて死ねる!甘々すぎて「いやーこんなの私じゃない!」と思いながら、ここは開き直ろうと。少女漫画家にでもなった気持ちで、なりきって書きました。私の願望というより、もはや一人の作り手として作ってます。
書いてる本人は顔から火を噴きだしそうな羞恥心と戦いながら執筆&UPしています。どうかその気持ちだけは汲んでやって下さい……
 

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