第九章「終わりゆく大地、始まる大地」 其の五

 

 

 

5月11日――
ついに新政府軍による箱館総攻撃が始まった。

土方「弁天台場が!?背後から……っち、やられたな」
千鶴「弁天台場って島田さん達がいらっしゃる所ですよね!?」
土方「俺は援護に向かう」
山崎「俺も行きます!」
土方「ありがてぇ、行くぞ山崎!」
千鶴「待って下さい!私も行きます!」
土方「ああ?お前を連れていけるわけないだろ。大体お前は馬に乗れねぇーだろうが」
千鶴「で、でも!」
いつ死ぬかわからないこの状況。もし離れた時に何かあったら……
せめて最後の瞬間も烝さんと一緒にいたい。その気持ちだけが私を動かしていた。


山崎「……俺の後ろに乗せて行きます」
土方「山崎!?」
山崎「千鶴を守るのは俺の任務です。キッチリ死ぬ瞬間までこの任務を遂行します」
土方「お前……!」
山崎「それに思うんです。千鶴が傍にいるなら俺は死なないと。千鶴を守るためになんとしてでも生き残ろうと思えるはずなんです」
千鶴「烝さん……」
土方「はぁ。お前らを見てると余計な力が抜けてくるぜ。分かった、お前も付いてこい」
千鶴「はい!」

私達は弁天台場に篭城している新選組を援護する為、馬を走らせた。
極寒の地・蝦夷にも初夏の風が吹いていた。馬で駆けるにはそれは気持ちのよい風で、一瞬ここが戦場である事を忘れてしまうほどに……
しかし、微かに聞こえた銃声が再び現実へと引き戻した。

山崎「敵が近い。絶対に俺の背中から出るな」
千鶴「はい!」


それから少し走らせた所で、突如、轟音が鳴り響いた。

土方「ぐあ……」
目の前でゆっくりと土方さんが宙を舞った。ドサっと音とともに軍服は赤く染まった。


土方さんは銃撃を受け、落馬したのだ。
山崎「土方さん!」

もう一発銃声が響く

千鶴「きゃっ!」
山崎「千鶴危ない、こっちに来い!」

さらに三発目の音がする。

山崎「くっ!」
千鶴「烝さん!?」

3つ目の銃弾は烝さんの肩を掠った。しかし羅刹の彼の傷はすぐに癒えるはずだ。
問題は土方さんだ。銃弾が腹部に的中し、尋常ではない多量の血が流れていた。
山崎「とにかく、あそこに土方さんを運び、隠れる。手伝ってくれ」
千鶴「はい!」
意識が朦朧としている土方さんを二人で抱え、茂みに逃げ込んだ。

土方「クソ……早くあいつ等のとこに行ってやらねーとこの戦いは……」
千鶴「止血します、しゃべらないで下さい」
土方「もう死ぬ事が分かってるのに、辞世の句すら詠ませてくれないのか、お前は」
千鶴「死ぬだなんて冗談でも言わないで下さい!」
山崎「……土方さん。何か伝えたいことはありますか」
千鶴「烝さん!?」
山崎「言いたい事も言えず死ぬのは辛いでしょう」
土方「さすが、一度死にかけた事のある奴は話が分かるな」

 

土方「俺はこんな生き方しかできなかった」
私は、昨晩、土方さんが語ってくれたことを思い出した。

回想――決戦前日(5月10日)
これまで俺は意地だとか、敵だからと考えて戦ってきたが、俺は戦いの後どんなことをしてぇとか考えた事なかったんだ……
ただ近藤さんをもっと上に押し上げたい。俺には戦うことしかできねぇて。その先を考えるのを放棄していた。
だけどな、お前たちを見ていて、ああ、皆が笑えて生活が送れるようにしたいと思うようになった。人斬り集団の副頭が何言ってやがるんだって俺自身思うけどな。



土方「すまねぇな、最期まで。……山崎……、千鶴……お前らは、幸せになれよ……」
語尾がどんどんか細くなり、声はすぐ消えてしまった。

千鶴「土方さん!?土方さん!目を開けて下さい!!嫌ですそんな!土方さん!」
「お前は幸せになりなさい」と残し逝った父。その父の姿が土方さんと重なって見えた。
山崎「千鶴……」
私の肩にそっとぬくもりを感じる。後ろを振り向くと顔を歪めた烝さんが立っていた。瞳は今にも泣き出してしまいそうなほど潤んでいた。

山崎「土方さん、俺はあなたの下で戦えた事を誇りに思います。ただ……監察方に就いたあの日、あなたの陰となって働くことを心に決めました。あなたは俺にとって光であり、道標でした。故に、あなたの最期の姿など見たくはなかった……」
言葉には烝さんの悔しさがにじみ出ていた。

山崎「そしてこの場から去る事をお許しください」
千鶴「烝さん!?」
山崎「君まで失うわけにはいかない。ここは直に敵に嗅ぎつけられる。行くぞ!」
千鶴「でも土方さんをこのままにするなんて!」
もし土方さんの亡骸が敵兵に見つかれば、どうなるか。想像することすら恐ろしい。

山崎「分かっている!俺だって君と同じ気持ちだ!だがここは戦場だ。土方さんが守りたかったものを守るためには、俺達は生きて戦わなければならないんだ!」
千鶴「……はい」

そうだ、私は愚かだ。
この戦いに無理矢理付いてきたのは私なのに……
烝さんの言う通り。土方さんの為にも私達は立ち止まってはいけないんだ。
千鶴「行きましょう!」
私達は弁天台場を目指すことにした。

 

 

 

 

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突如、風が舞った。

 

 

 

 

 



風間「土方は死んだのか……」

風に煽られ舞い上がった木の葉。その先に彼は立っていた。
山崎「お前は、風間千景!」
風間「我が妻が未だ戦場にいると聞いてな。土方と再び挨まみれるのを楽しみにしていたのだが、遅かったようだな」
山崎「何が言いたい」
風間「土方すら死んだんだ。我が妻をこれ以上危険な場所に留めておくわけにはいかない」
山崎「っく……」
風間「まずは付いてこい。ここでは誤射されかねない」

 


土方さんは山千のお父さんです。
山崎ルートを書くぞと決め、まず真っ先に書いたシーンがこの土方さんの最期でした。なのでちょっと今までの話とちょっとリンクしてない部分もあるかもなんですが(苦笑)
何が何でもこの二人に看取らせたかった。このシーンを軸に今まで話を構築してきたと言っても過言じゃないです。
さて、風間さんと対峙した二人の運命は――とか煽っておくといよいよクライマックスぽいでしょ?(笑)
次回、九章最終回になります。この妄想捏造エピソードもついに完結です。ここまでお付き合いありがとうございました。あともう少しお付き合い下さい。

 

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