第六章「矛盾した想い」 其の弐

 

 

 

数刻後、土方さんは平助君と共に私達の所に走ってきた。
怖くて直接聞くことはできなかったけど、山南さんは見つけられなかったのだろう。
改めて「内通者」という言葉が私達の脳裏を過る。

土方「俺は江戸に戻る。俺は近藤さんを助ける、どんなことをしてでもな。お前等は先に行ってくれ」
千鶴「江戸に……」
藤堂「確かに今の江戸は危ねぇけど、俺が付いてるからさ。土方さんは俺が守ってやるさ」
土方「何が守ってやるだ。お前に守られちゃ俺もおしまいだな。とにかく行くぞ、平助」
藤堂「ああ、じゃあ、暫くの間お別れだな!また会おうぜ!」
土方「山崎、頼んだぞ」
山崎「承知しました」


+++

会津への道中、私達は伝令に向かった島田さんと斎藤さんら新選組隊士と合流する事が出来た。
斎藤「山崎君、千鶴、無事で何よりだ」
千鶴「斎藤さん達もご無事で安心しました」
斎藤「山崎君。新政府軍の動きはどうだ?」
山崎「はい。周辺を調査しましたが、新政府軍の動きは迅速です。既に会津の方では戦いも始まっているとのこと。一刻も早く会津に向かうべきだと思います」

斎藤「そうだな。今日はもう少し進んだ方がいいだろう。……千鶴、付いてこられるか?」
山崎「ぁ……」
千鶴「はい、大丈夫です!」
私を気にかけて下さった斎藤さんを心配させぬよう、精一杯の明るさで言葉を返した。

斎藤「無理はするなよ。お前はいつも限界を考えず行動する節があるからな」
千鶴「それは斎藤さんも同じではないですか!いつぞやもお疲れの表情をしながら仕事をこなしておりましたし」
斎藤「だが、俺は過労で倒れたことはない」
千鶴「た、確かに私が巡察中倒れて、斎藤さんのお手を煩わせてしまった事がありましたけど、今度は大丈夫です。ここも危ないのなら早く会津に行くべきです」
斎藤「よし、ならばこのまま行軍を続ける。付いてこい」
千鶴「はい!」
山崎「………」


私達は日が完全に沈んだ暗い夜道を歩き続けていた。
斎藤さんに言伝なのだろうか。私の前を横切った隊士の持つ松明が私達の顔を照らしだした。

千鶴「あれ?山崎さん。どうかされましたか?今まで暗くてよく見えなかったのですが、顔色が少し良くないようですが……」
山崎「いや、なにも問題ない。雪村君こそ大丈夫か?」
千鶴「私は大丈夫です!」

山崎「……すまなかったな」
千鶴「え?何の事ですか?」
山崎「君の体調など考えず行軍を進言してしまった。女子の身では辛いだろう。護衛役を仰せつかっている身だというのに、そんな当たり前の事に俺は気付けなかった。本当にすまない」
千鶴「そんな!私がご迷惑を掛けてしまっているのですし。私はまだまだ元気ですよ!」
山崎「そうか……」

その後、隣を歩いているというのに、山崎さんは何も話しかけてはくれなかった。
私も話を振ってはいけない気がして、沈黙したまま歩き続けていた。


斎藤「さすがに今日はここが限界か。今日はここで陣を張る」
斎藤さんの声に隊士たちが一斉に準備に取り掛かる。私はまずは火をおこし、暖を取った。
そして水を温め、斎藤さんの元へ持って行った。
千鶴「斎藤さん、お疲れ様です。あの、白湯です。少し冷えてしまっていますが」
斎藤「すまない」
斎藤さんは湯呑に一口付け、深い息を吐いた。

千鶴「大丈夫ですか?副長代理だなんて」
斎藤「直に局長も副長も戻られる。それまで俺は新選組を守り抜くだけだ」
大役を任されても、斎藤さんは気負わず、いつものように淡々と語った。
千鶴「あまり無理なさらないで下さいね?」
斎藤「ああ。お前もな」
千鶴「私も足手まといにだけはならないようにするつもりです」
斎藤「お前はいつも自分を卑下しすぎだ。少なくとも俺はお前を足手まといと思ったことはない」
千鶴「ありがとうございます。私にできることは少ないですが、皆さんのお役に立てるよう頑張ります」
斎藤「頼んだぞ」
千鶴「はい!」

山崎「……」

ふと私は気配を感じ後ろを振り向く。そして蠢く影に気がついた。
千鶴「あれ?」
斎藤「どうした?」
千鶴「今、山崎さんが向こうの方に歩いて行くのが見えて。あちらは水場でもないのに。ちょっと行ってきますね」
斎藤「ああ、行ってやれ。ただし、あまり陣から離れるなよ?」
千鶴「はい!」
私は山崎さんが歩いて行った方へと駈け出した。

千鶴「山崎さーん、山崎さん?いらっしゃるんでしょう?」
山崎「ゆ、きむら君?」
暫く森を進むと、株(くいぜ)の上に座る山崎さんを見つけた。

千鶴「やっぱり山崎さんだったんですね。陣を離れる所を見まして。どうかされたんですか?こちらには特に水場もないですよ?」
山崎「陣を抜けて悪かった。ただ、あそこに居たく……いや、ここに来たかっただけだ」
千鶴「ここ……ですか?」
山崎「もう用は済んだ、戻る」
千鶴「は、はい……」
釈然としなかったが、私も山崎さんに付いて行って陣に戻ることにした。
山崎さんが踵を返し、私の方を向いたその時だった。
山崎「ぐぁ……!」
千鶴「山崎さん!?」
急に苦しみだした山崎さんの髪から色素がなくなった。暗闇に光る赤い瞳。間違いない、これは羅刹の衝動だ。
千鶴「ちょっと待って下さい、今――」
山崎「やめてくれ、俺は血なんか飲みたくない……」
千鶴「でも!」

血を与える
薬を与える
我慢させる
 

 

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